【「プシュパ 覚醒」評論】手には斧、胸に炎。妥協なき男の成り上がり劇に胸がすく!
2023年10月29日 11:00
南インドのテルグ語圏からまたも強烈な一本が届いた。プシュパ、それは主人公の名前。サンスクリット語で「花」を意味するが、本人に言わせると燃え盛る「炎」だとか。確かに、彼の生き様は手に負えないくらい熱い。その上プシュパの成り上がり劇は密輸組織の最末端から始まり、機転と度胸を駆使しながら、生馬の目を抜くような社会を瞬く間に駆け昇っていく。正義を体現する者など誰一人登場しない本作において、この男の「誰にも媚びない」「1ミリも妥協しない」という揺るぎない哲学は極めて痛快だ。
と、ここで重要になるのが、彼らが密輸品として取り扱う「紅木(こうき)」と呼ばれる高級木材である。ドラッグや金塊を扱った犯罪映画はこれまでしこたま観てきたが、南インドの山奥に群生するという希少価値の高い木にスポットが当たるなんて、この映画そのものが実に希少。それに木材をめぐって物語が展開することで、ビジュアル的にもスケール的にも、こぢんまりとまとまることを許さぬ独特の迫力とうねりが生まれている。
何しろここでは伐採するにも運搬するにも多くの労力を必要とし、いざ警察のガサ入れが入れば、これほど大量の”ブツ”をどう隠すかという判断も重要となっていく。そうなると有象無象の輩では話にならない。無理難題にすぐさま対処できる一本筋の通ったカリスマが不可欠というわけだ。
かくして最初は手斧を抱えて木を切る労働者だったプシュパは、いつしか見事な統率力で皆を束ね、手にした金で目立つ車を買い、持ち前の交渉力で組織収入のパーセンテージを得るまでになり、いつしかどんな有力者も無視できない存在に収まっていく。
このわらしべ長者的な下克上に加え、プシュパの出自にまつわる母子の葛藤や、街で心奪われたヒロインとの恋物語によって、人生の光と影、豪快さと繊細さが彩られ、もちろんそこで生じたあらゆる感情は歌とダンスで昇華されていく。ストーリーも豪胆ながら、やはり全てを司るこの男、髪もじゃ&髭もじゃに鋭い眼光を備えた主演アッル・アルジュンの堂々たる存在感が、約3時間、一向に飽きさせない。
新型コロナ感染拡大による撮影中断という逆境を経験しつつ、公開後は2021年のインド興収1位を記録した本作。何かと日常が制約された時代において、観客がプシュパの快進撃に大いに心を重ね酔いしれたのも納得である。
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