「フローラとマックス」は極上のポップミュージックだ【ハリウッドコラムvol.343】
2023年10月19日 21:00

ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米ロサンゼルス在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
アメリカの賞レースの時期は、日本にいる映画ファンにとってフラストレーションが溜まる時期かもしれないと想像する。アカデミー賞狙いの作品はアメリカで秋から冬にかけて封切られていく。これらは世界で同時公開されるような大作映画ではないため、日本上陸にはどうしても時間がかかる(いきなり劇場公開したところで、誰も来てくれないからだ)。したがって、彼らは日本で封切られるまでのあいだ、ネタバレ情報に気をつけつつ、辛抱強く待たなければいけない。
だが、動画配信サービスが相次いでオリジナル映画に進出した影響で、状況は変わりつつある。NetflixやAmazon、Apple TV+が手がけた賞レース向け映画の場合、劇場公開が先行するケースが大半だが、それでも数週間後には世界配信される。劇場でのロングラン上映を望むクリエイターにとっては酷な状況ではあるものの、一刻も早く話題作を見たい日本の映画ファンにとっては歓迎すべきことだろう。

今回の「フローラとマックス」も、実はApple TV+ですでに鑑賞可能だ。これからアカデミー賞に向けて話題になっていくはずの作品なので、ぜひとも紹介したい。
「フローラとマックス」の主人公フローラ(イブ・ヒューソン)は、アイルランドのダブリンで暮らすシングルマザーだ。煙草をぷかぷかと吸い、たまにクラブに繰り出しては見知らぬ男と寝ている。お世辞にも品行方正とは呼べない。
狭いアパートに一緒に暮らす14才の息子マックスは奔放な母に比べてずっと内向的だが、やはり問題を抱えている。万引きで逮捕された彼は、次は少年院送りと警告される。ある日、フローラはゴミ箱に捨てられたアコースティックギターを見つけ、マックスにプレゼントする。ギターに夢中になってくれれば、息子が非行に走らなくなると安易に考えたのだ。だが、マックスがギターに向き合うはずもない。反抗期の真っ只中であるばかりか、彼が好きな音楽はヒップホップだからだ。

しかし、アパートで行き場を失った中古のアコースティックギターが物語を動かす。元夫のイアン(ジェフ・レイナー)との口げんかがきっかけで、フローラはギターを取る。そして、ネット検索ののちに、ジェフ(ジョセフ・ゴードン=レビット)という売れないミュージシャンのオンラインレッスンを受けることになる。
画面の向こうのジェフは、フローラが出会ったことがないタイプだ。繊細で、思いやりがあり、おまけに、カリフォルニアに暮らしている。17才で子供を産み、陰鬱なダブリンで女手ひとつで子育てをしてきたフローラがジェフとのスクリーン越しの出会いに胸をときめかせるのも無理はない。すぐにでもジェフのもとに飛んで行きたい。だが、マックスはどうする?
個性的なキャラクターたちと、それを演じる芸達者な役者たち(ヒロインを演じるのはなんとU2のボノの娘だ)、「人生こんなはずじゃなかった」というリアルで共感できるテーマがここにはある。それだけで、見る価値が充分ある。

だが、「フローラとマックス」を傑作に昇華しているのは、音楽の力だ。実際、これはミュージカル映画なのだ。
もっとも本作において登場人物が自らの心情をいきなりダンスや歌唱で表現することはない。だが、音楽がキャラクターたちを結びつけていく。かつてはEDMでうさをはらしていたフローラは、ジェフのもとでギターを学び、音楽の持つ力に目覚めていく。そして、マックスの才能に気づくことになるのだ。

ハイライトは、フローラとマックス、そして、元夫とジェフという主要キャラ4名の奇跡のコラボレーションだ。彼らが奏でる「ハイライフ」は、アカデミー賞歌曲賞に値すると思う。
本作を手がけたのは、「ONCE ダブリンの街角で」「シング・ストリート 未来へのうた」のジョン・カーニー監督だ。それでも魅力が伝われなければ、同じApple TV+作品でアカデミー賞を授賞した「コーダ あいのうた」と似ている、と言えばいいかもしれない。どちらも音楽が大きな役割を果たし、ジョニ・ミッチェルの「青春の光と影」がフィーチャーされている点が共通している。
シンプルだけど、琴線に触れる。
「フローラとマックス」は極上のポップミュージックだと思う。
関連ニュース






映画.com注目特集をチェック

“ベスト主演映画”TOP5を発表!
【出演123本の中から、1位はどの作品?】そして最新作は、生きる力をくれる“集大成的一作”
提供:キノフィルムズ

ワン・バトル・アフター・アナザー
【個人的・下半期で最も観たい映画を実際に観たら…】期待ぶち抜けの異常な面白さでとんでもなかった
提供:ワーナー・ブラザース映画

96%高評価の“前代未聞の心理戦”
【スパイによる究極のスパイ狩り】目を逸らせない超一級サスペンス
提供:パルコ

映画.com編集長が推したい一本
【ただの映画ではない…】むしろ“最前列”で観るべき奇跡体験!この伝説を人生に刻め!
提供:ポニーキャニオン

酸素残量はわずか10分、生存確率0%…
【“地球で最も危険な仕事”の驚がくの実話】SNSで話題、極限状況を描いた超高評価作
提供:キノフィルムズ

めちゃくちゃ笑って、すっげぇ楽しかった超刺激作
【これ良かった】激チャラ大学生が襲いかかってきて、なぜか勝手に死んでいきます(涙)
提供:ライツキューブ

なんだこのかっこいい映画は…!?
「マトリックス」「アバター」など数々の傑作は、このシリーズがなければ生まれなかった――
提供:ディズニー

宝島
【超異例の「宝島」現象】こんなにも早く、心の底から“観てほしい”と感じた映画は初めてかもしれない。
提供:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント