【「コカイン・ベア」評論】登るな、危険。出没注意、コカイン熊を映画館で目撃せよ!
2023年9月30日 09:00
この物語は、米テネシー州上空から始まる衝撃の実話を基にしたフィクションである。1985年9月11日の朝、末端価格が少なくとも1400万ドル(当時のレート)、約400キロものコカインを載せた小型機が飛んでいる。機内ではハイになった運び屋が、片っ端からヤクを地上に放り投げている。落とし終えるとパラシュートを装着、いざ機外へと飛び出す…はずが、よもやの頭部損傷で落下死してしまう。
翌朝、事の次第を知る者と知らぬ者、偶然居合わせた人々が、大量のドラッグが落下したジョージア州北部のチャタフーチー国立公園に集う。つまりこの映画は群像劇である。
登場人物は、学校をサボって同級生と滝の絵を描きに公園に向かう少女。夜勤明けで帰宅した看護士の母は、娘を追って自転車で山へ。事務所では女性森林警備隊員が野生動物管理員を待ちわびている。森の中には自然を愛でるカップル、悪ガキ三人組の姿もある。
墜落現場にいた黒人警官は、愛犬を婦警に預けると落とし主の捜査へと車を走らせる。一方、大量のブツを届けなければお陀仏にされてしまう麻薬王は気が気ではない。部下を呼びつけ、妻を亡くして育児放棄中の息子を見つけて、ふたりで落下物を回収しろと命じる。
最初の遭遇者は熱々カップル。自然観察で双眼鏡を覗いた先に尋常ではない黒い動物を目にする。熊は二種類、温厚な黒い熊と獰猛な茶色。見たところ黒だから大丈夫だと思いきや、目が合った瞬間、熊は猛然と突進してくるではないか! これを端緒に、神出鬼没なコカイン熊との遭遇を描く冒険劇が幕をあける。
監督は1974年生まれの女優、エリザベス・バンクス。僕が彼女を見初めたのは、80年代のブライアン・ウィルソンと偶然出会う車の販売員を演じた作品だった。車に見入る彼の純な心に惹かれるが、セレブだからとへつらったりはしない。ある日、理不尽で支配的な主治医の横暴を目にした彼女は、家政婦の協力を得て救出の秘策を見出す。デート毎に変わる衣装を軽やかに着こなしたバンクスの聡明な演技に魅せられた。
長編監督第三作となるバンクスは、自身が青春期を過ごした80年代へと我々を誘う。麻薬撲滅を訴える当時の映像に事件報道を重ね、熊の生態をウィキペディアで補足。娘の部屋にはアダム・アントやディペッシュ・モードのポスターを散りばめ、「Just Can't Get Enough」(1981)の挿入も絶妙。監督作「ピッチ・パーフェクト2」(2015)に続いて元ディーヴォのマーク・マザースボウに劇伴を依頼、年代物のシンセで時代の気分を盛り上げる。
見ず知らずの面々が出会い、諍い、突然熊に襲われて逃げ惑う。キャラクター造型と各自に仕込まれた伏線が小気味よく回収される脚本の妙、いつ、どこから現れるか予測不能なコカイン熊を最大限に活かした編集で、息をもつかせぬ95分の快作に仕上げた。
母は娘を見つけ出せるのか。麻薬王と息子はヤクを取り戻せるのか。そして母熊にも守るべきふたりの子が! そう「コカイン・ベア」はパニック・アドベンチャーの枠を超え、家族のドラマとしても楽しめる。走り出したら誰も止められない。よくぞこの企画を通したものだと呆れること必至、出没注意のコカイン熊を映画館で目撃せよ!
末筆となるが、撮影中に俳優レイ・リオッタが急逝、本作が遺作となった。「グッドフェローズ」(1990)で新参者のギャングを演じた俳優が、情け容赦なしの麻薬王に扮して貫禄充分の演技を披露している。心から哀悼と感謝の意を捧げる。
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