映画.comでできることを探す
作品を探す
映画館・スケジュールを探す
最新のニュースを見る
ランキングを見る
映画の知識を深める
映画レビューを見る
プレゼントに応募する
最新のアニメ情報をチェック
その他情報をチェック

フォローして最新情報を受け取ろう

検索

愛を囁く、最も聞き取りづらい声――「シェイプ・オブ・ウォーター」【コラム/スクリーンに詩を見つけたら】

2023年8月31日 13:00

リンクをコピーしました。
「シェイプ・オブ・ウォーター」
「シェイプ・オブ・ウォーター」
(C)2017 Twentieth Century Fox

古今東西の映画のあちこちに、さまざまに登場する詩のことば。登場人物によってふと暗唱されたり、ラストシーンで印象的に引用されたり……。古典から現代詩まで、映画の場面に密やかに(あるいは大胆に!)息づく詩を見つけると嬉しくなってしまう詩人・大崎清夏が、詩の解説とともに、詩と映画との濃密な関係を紐解いてゆく連載です。(題字・イラスト:山手澄香)

今回のテーマは、第90回アカデミー賞の作品賞ほか4部門を受賞した「シェイプ・オブ・ウォーター」(ギレルモ・デル・トロ監督)です。


第13回:愛を囁く、最も聞き取りづらい声――「シェイプ・オブ・ウォーター

深い深い沼の底、藻草の森に包みこまれてしまったかのような、暗い青緑色の世界。「シェイプ・オブ・ウォーター」は、目を凝らして見ないとよく見えない、濁った水中の色調の中で繰り広げられる、お伽噺のような映画だ。

軸になっているのは、声を失った身寄りのない女性イライザ(サリー・ホーキンス)と、水陸両用の呼吸器を持ち言語を理解する「ふしぎな生きもの」(ダグ・ジョーンズ)の恋。その時代背景には東西冷戦と黒人差別があり、科学者たちは南米で見つけてきたこのグロテスクな生きものを政治に利用しようと躍起になっている。

この作品を改めて見返して、意外にも私の胸に迫ってしまったのは、まったき悪役として描かれる差別的な軍人ストリックランドの悲哀だった。“彼”を研究する名目で研究所に派遣されたストリックランドは、“彼”を拷問して追いつめ、上辺だけの理想的な家庭を築きあげ、キャデラックの新車を乗り回して、自分のもつ「正しいアメリカ」像を自分自身や周囲に見せつけようとする。けれども“彼”に抵抗されてもげた二本の指は、縫合の手術の後、ゆっくり腐って黒ずみ、腐臭を放つ。対等な関係をもたないストリックランドの世界には、信用できる人間が誰もいない。

対してイライザには、数は少なくとも彼女の「声」である手話を理解する友達がいる。同じビルに暮らす性的マイノリティの老人ジャイルズ(リチャード・ジェンキンス)、掃除婦仲間の黒人デリラ(オクタビア・スペンサー)。“彼”の救出作戦を手助けしてくれる研究所のホフステトラー博士はロシアのスパイで、彼らはみな、ストリックランドから見れば、対等に会話するに値しない、人間の範疇に入らないカテゴリーに属する人間たちであり、激しい憎悪の対象なのだ。

この映画の制作年は2017年だけれど、「声を発することができない」という事態、あるいは「声」という言葉そのものがメタファーとしてもつ意味合いは、「Me Too」や「Black Lives Matter」という政治的フレーズがSNSを席巻したその後の数年以降、ますます大きくなってきたように思う(本作がアカデミー作品賞を受賞したこと自体、その席巻にひと役買っているのかもしれない)。

「声」をもたないのはイライザや“彼”のほうなのに、ふたりは深く通じ合い、満たされる。老いた絵描きとして自分を「過去の遺物」と感じているジャイルズもまた、“彼”との交流を通して癒しを得る。イライザの手話も“彼”の言語能力も理解することのないストリックランドの世界は、繕っても繕っても、貧しく荒んでいる。

画像2(C)2017 Twentieth Century Fox

詩が登場するのは、映画のラストシーン。ストリックランドに追いつめられてふたりは銃弾に倒れ、“彼”はそのふしぎな力で蘇生して、瀕死のイライザを水の中へ連れてゆく。“彼”が口づけると、イライザは水の中で呼吸できるようになり、ふたりは愛によって永遠に結ばれる――。

これがファンタジックなハッピーエンドなのか、けっきょく人間の世界では生きられなかった愛の悲劇なのか、その判断は観るひとに委ねられている。ふたりを助けたジャイルズの声で「何百年も前に囁かれた愛の詩」が朗読され、映画は幕を閉じる。

Unable to perceive the shape of you
I find you all around me
Your presence fills my eyes with your love
It humbles my heart
For you are everywhere
あなたの姿がなくても
気配を感じる
あなたの愛が見える
愛に包まれて
私の心は優しく漂う
(字幕翻訳より引用)

ジャイルズがこの詩を読むとき、彼は唯一の友達だったイライザが不在になってしまった人間界に取り残されている。詩はまず、イライザが“彼”から受け取る「声」にならない愛についてであり、その愛が「声」などもたないまま(=誰の理解も得ないまま)彼女を水のように満たしていることを思わせるけれど、「love」という言葉には恋愛だけでなく友愛の意味も大きく込められ、この一節はそのまま、イライザや“彼”に対するジャイルズの心を描いたものとしても読み取ることができる。

大切な誰かを失ったことのあるすべてのひとに、この詩は重く優しく響くだろう。歌われているのは、目に見えず、耳にも聞こえない、けれども確かに存在する愛を感受する力についてだから。

画像3(C)2017 Twentieth Century Fox

ところで、この詩はいったいどこの誰によって書かれたものなのか? 調べてみると、私と同じ疑問をもった英語圏の映画フリークたちが血眼になって調査した結果を報告している長大なブログ記事に行き着いた(※)。

記事によると、詩の引用元は12世紀にガズナ朝の宮廷詩人として活躍したイスラムの神秘主義詩人、ハキーム・サナーイーによるもの。ペルシア語で書かれたこの詩の英訳を、ギレルモ・デル・トロ監督は映画制作の合間に訪れた書店で偶然発見して気に入り、ラストシーンへの引用を決めたらしい(見えない愛を感じる力は、デル・トロ監督が「永遠のこどもたち」や「クリムゾン・ピーク」などのホラー作品で描き続けてきた大きなテーマのひとつでもある)。

これまでの連載で見てきたとおり、アカデミー作品賞の受賞作や候補作にはキリスト教の聖書や英米文学の古典からの引用は多いけれど、ペルシアの古典詩が映画を締めくくる重要な役割を果たす受賞作はほかにないのではないだろうか。

そう考えると、この詩を引用することそれ自体が、ひとつのアメリカ批判――イスラム文化をすぐにテロリズムや聖戦のようなものと結びつけて表現する風潮への問題提起になっていると捉えることもできるかもしれない。

私たちが(まだ)聞き取りかたを知らない声もまた、愛を豊かに囁いていることに、映画は気づかせてくれる。

参考文献:
※「Who wrote the poem at the end of “The Shape of Water”?」From the Catbird Seat
https://blogs.loc.gov/catbird/2018/03/who-wrote-the-poem-at-the-end-of-the-shape-of-water/
ディズニープラス
シェイプ・オブ・ウォーター
をディズニープラスで今すぐ見る

PR

ギレルモ・デル・トロ の関連作を観る


Amazonで関連商品を見る

関連ニュース

映画.com注目特集をチェック

関連コンテンツをチェック

シネマ映画.comで今すぐ見る

それでも夜は明ける

それでも夜は明ける NEW

第86回アカデミー作品賞受賞作。南部の農園に売られた黒人ソロモン・ノーサップが12年間の壮絶な奴隷生活をつづった伝記を、「SHAME シェイム」で注目を集めたスティーブ・マックイーン監督が映画化した人間ドラマ。1841年、奴隷制度が廃止される前のニューヨーク州サラトガ。自由証明書で認められた自由黒人で、白人の友人も多くいた黒人バイオリニストのソロモンは、愛する家族とともに幸せな生活を送っていたが、ある白人の裏切りによって拉致され、奴隷としてニューオーリンズの地へ売られてしまう。狂信的な選民主義者のエップスら白人たちの容赦ない差別と暴力に苦しめられながらも、ソロモンは決して尊厳を失うことはなかった。やがて12年の歳月が流れたある日、ソロモンは奴隷制度撤廃を唱えるカナダ人労働者バスと出会う。アカデミー賞では作品、監督ほか計9部門にノミネート。作品賞、助演女優賞、脚色賞の3部門を受賞した。

aftersun アフターサン

aftersun アフターサン NEW

父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。

HOW TO HAVE SEX

HOW TO HAVE SEX NEW

ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。

愛のぬくもり

愛のぬくもり NEW

「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。

卍 リバース

卍 リバース NEW

文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。

痴人の愛 リバース

痴人の愛 リバース NEW

奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。

おすすめ情報

映画ニュースアクセスランキング

映画ニュースアクセスランキングをもっと見る

シネマ映画.comで今すぐ見る

他配信中作品を見る