「インスペクション」から読み解く多様性の変遷、未来への課題 監督が東大生へティーチインを実施
2023年7月24日 18:00

「ムーンライト」「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」といった革新的な作品を送り出してきた映画会社A24の新作「インスペクション ここで生きる」のエレガンス・ブラットン監督によるティーチインが7月21日、東京大学の駒場キャンパスで行われた。
本作は、イラク戦争下の2005年アメリカを舞台に、ゲイであることで母に捨てられ生きるために海兵隊へと入隊した主人公・フレンチが、過酷な訓練や激しい差別にさらされながら、それでも自分でいることを諦めず闘い続けた姿を描いている。ブラットン監督が「すべて本物」と言い切るほど、自身の半生をそのまま描いている“実話”である。

ティーチインに参加したのは、東京大学教養学部北アメリカ研究コース所属のゼミ生ら7名。
まず「主人公であるフレンチが海兵隊に入隊し仲間と言える存在に出会えたにも関わらず、その場所に留まることをせず、なぜそのあとも自分を捨てた母親に対し繋がりを求め続けることができたのでしょうか?」という質問が投げかけられた。ブラットン監督は「ひとつ伝えておきたいのは、決してフレンチは受け入れられたわけではなく“耐えた”ということ。当時あった“Don‘t Ask, Don’t Tell”という政策は、ゲイやトランスであってもそれを言ってはいけないし聞いてもいけないというもので、うっかり言ってしまえば軍隊から追い出されてしまう状況だったので、残念ながら受け入れられていたわけではないのです」と前置きした上で、こう答えてみせた。
ブラットン監督「フレンチであり私は、これまでの人生、あらゆる局面で拒絶されて生きてきました。そしてようやくたどり着いた海兵隊という場所で、その弱い立場を利用してまわりの人たちに近づいていくわけです。それを私は“戦略的優しさ”と呼んでいます。お互いを守る義務がある軍隊という場で、それぞれの弱みを補っていこうと、自分から歩み寄っていき絆を強めていくという方法を取るのです。また軍隊では“諦めない”という精神を常に持っているので、ほかの訓練生たちとも繋がることを諦めなかったし、それと同じように母親とも繋がることを決して諦めず、勇気を持って手を差し伸べ続けたのです」

本作で描かれる、ゲイである息子を頑なに受け入れることができない母親は、一見すると“毒親”と映ることもあるかもしれない。しかし、その背景には宗教の問題が存在している。そうした母親の言動について「彼女が置かれた環境がどのように関わっていると思いますか?」という質問には、モデルとなっている監督の母が撮影に入る7カ月前に亡くなってしまっているという事実に触れつつ、このように回想した。
ブラットン監督「彼女の遺品を整理していたら、彼女が生きているうちは私が知り得なかっただろう母親のバックグラウンドが見えてきました。黒人であり敬虔なクリスチャンであり、さらにシングルマザーであった彼女が、社会に適応しようとしていた努力が感じられました。白人至上主義の社会のなかで、ひとりで息子を育てるということは本当に大変なことだったと思います。だからこそ息子がゲイであるということに拒絶反応を示してしまったのではないか、身を置いていた環境が彼女の判断に大きく影響したのではないかなと考えています」
映画のタイトルにも入っている“インスペクション”という言葉は点検・検査・検閲といった意味を持つ。「これは軍隊からフレンチに対してだけのことを指すのでしょうか? 母親とフレンチ、また訓練生たちとフレンチの間にもまた“インスペクション”が働いていたように思えました」という質問が飛ぶと、「まるで私の心を読まれているようですね」と笑ったブラットン監督。
ブラットン監督「海兵隊という場では日々、点検・検査が行われているのでもちろん軍隊・上官からフレンチへの“インスペクション”ということもありますし、同時に社会の中で自分が“インスペクション”されるという意味合いも込められています。私の“エレガンス”という名前は本名なのですが、幼いころから自己紹介をすると、女性的な名前であることからゲイなのではないか、どういう人物なのかと、いろんな目を向けられました。そうしたことも全部ひっくるめてこのタイトルに含まれています」


そして、今回集まった学生や日本の若い世代に向けてメッセージをおくる。
ブラットン監督「まず、日本のファッションや文化が大好きで、とにかく日本の影響を多く受けています。日本の皆さんが大好きです。若い皆さんには、ぜひ自分の道を突き進んでほしいです。世界は崩壊しているように見えるし、年上の世代は何が起きているのか現状を把握できていないかもしれない。でも君たちがこの世界の未来です。この映画はそういう君たちのために作りました。無視されたり、不十分だと言われたことがある人は、この映画を観て、自分は十分であると認識してほしい。人生を切り開くきっかけとなる、様々なチャレンジを乗り越える力はすでに備わっているのです。とにかく自分を愛して、自分の価値を信じ、そして互いを愛して信頼してほしいです。いずれ君たちの世界になるから、どうかよりよい場所になるように努めてほしいです。そしてクィアのみんなに伝えたいのは、自分の居場所はないと受け入れないでほしいということ。戦い続け、自らのスペースを主張し、ありのままの自分を受け入れるように周囲に働きかけてほしいのです。誰が君を否定しようと、君はここに存在する意味はあるのだから。僕に与えられた最高のギフトの一つは、鏡で自分の姿を見て、“僕ならできる、僕にはその価値がある、僕は美しい”と言えることなんだ。日本でもつらく感じることは多いと思うけど、みんなのことを常に思い、応援している。そして、必ず抵抗してほしい。声を上げた瞬間に、僕はみんなをサポートするために駆けつけるよ」

今回のティーチインを受け、学生たちからは、以下のような感想が出ていた。
「監督自身がマイノリティとして様々な目を向けられ続けていると語ってくれましたが、そうした苦悩は僕らには見えにくいなということ、同時に、そうしたことに気を配り考え続けていかなければいけないなと思いました」
「今回監督ご自身は、自らのセクシャリティをゲイと公言していて、そう僕らも認識した上でお話を聞くことが出来ましたが、日本ではこうした対話の機会が少ないのでLGBTQ+の方々への理解が遅れているのではないかなと感じました」
「日本は同一性が重視されがちで、だからこそ他人に自分と違う面が見えると変に詮索したり攻撃したりすることに繋がっているのではないかと思いました」

また、映画のフレンチあるいは監督自身のように“ここで生きる”と決意し自分の居場所を切り開いていくために、またこれから自分たちが担っていくことになる未来へ向けての課題として、「相手がどういう立場であるかということを理解して動いていかなければならないなと思いました。もし自分が強い立場にいるのであれば、そうでない人たちのことを考えて積極的に行動すべきだし、強要するようなことはせずに次のステージに進めるように努力していくことが大事なのかなと思いました」といった意見も見受けられた。
「インスペクション ここで生きる」は、8月4日からTOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか全国公開。R15+指定。
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