【インタビュー】「CLOSE クロース」他者の定義で破壊される、少年たちの親密さ ルーカス・ドン監督が語る
2023年7月13日 13:00
抱きしめ合うふたりの男の子と、切なげな瞳。そして「永遠を壊したのは、僕。」――。そんなポスターの表情と言葉を見た瞬間から、例えようもなく心が囚われる。第75回カンヌ国際映画祭で「観客が最も泣いた映画」(BBC.com)と称され、グランプリを獲得した「CLOSE クロース」が、7月14日に公開。前作「Girl ガール」も高い評価を得たルーカス・ドン監督に、物語の着想となった学生時代の記憶、劇中の花畑が象徴するもの、若き俳優たちに求める要素、さらに描き続けているテーマについて、話を聞いた。(取材・文/編集部)
ドン監督が新たに語るのは、田園を舞台に、無垢な少年に起こる残酷な悲劇と再生を描いた物語。学校という社会の縮図に直面した10代前半に自身が抱いた葛藤や不安な思いを綴り、思春期への旅の始まりをみずみずしく繊細に描いた。
13歳のレオとレミは、互いの家を行き来し、兄弟のように育ってきた大親友。しかし、中学校に入学した初日、レミとの親密すぎる関係をクラスメイトにからかわれたレオは、周囲の目が気になり出し、レミにそっけない態度をとるように。一方、その状況を理解できないレミは、「どうして僕を避けるんだ」と怒りをぶつけ、ふたりは大喧嘩する。レミと一緒ではない毎日はどこか空虚で、モヤモヤする思いを抱えながら過ごすレオに、追い打ちをかけるように悲しい知らせが届く。
まずはドン監督に、自身の記憶から、どのように物語を膨らませていったのか、語ってもらった。ドン監督は海外でのインタビューで、学生時代を振り返り、「当時は素の自分でいることが本当に大変でした。男女がそれぞれ別の行動をとっていて、私はいつも自分がどのグループにも属していないように感じていました」と語る。
「今回、一から脚本を書き始めるときに、自分の故郷に戻って、かつて通った学校に行って、当時の年齢で抱えていた“脆さ”を思い出しました。当時私は、個人でいるよりも、集団に属したかったんです。(周囲の目が気になり)誰かとの親密さは、ある年齢から薄れるようになって、特に若い男性との親密さを恐れるようになってしまいました」
「その経験から、本作では、ふたりの少年の間にある強いつながり、友情、ふたりでひとりのような、融合する優しい関係を描きたいと考えました。しかし、その関係が乱されるんです。なぜかというと、我々の社会は、男性同士の友愛をすぐにセクシャル化してしまう。そういった社会の意識に、少年たちも気付き始め、それでふたりの関係が乱れてしまう……ということが、ストーリーの中心となりました。そして、より大きなテーマとして、思春期から大人になるときの無垢さやつながりの喪失についても描きたかったんです。特に私たちの世界は、柔らかく優しいものよりも、硬くて強いものに価値を見出す。そういうなかで、つながりはとても脆いものです」
最初に、ドン監督の脳裏に浮かんだのは、花畑のイメージだったという。レオの家が花き農家であることから、物語は季節の経過をとらえながら、レオとレミの関係の変化を追いかける。特に、レオとレミが色鮮やかな花畑のなかを駆け抜けるオープニングシーンは、楽園のようなふたりだけの世界を暗示しているようで、非常に鮮烈だ。
「私が花き農家の近くで育ったこともあって、もともと花畑に対して、すごくノスタルジックな感覚を持っています。本作が若い少年たちの映画になると見えてきたときに、中心的なロケーションとして、花畑を自然に想起しました。例えばオープニングのシークエンスは、レオとレミが戦争の塹壕のように見立てた場所から始まります。そこはダークで、戦争、兵士、敵など、男性らしさの象徴のように教えられてきた場でもあります。ふたりは、戦争のごっこ遊びのようなものをしていますが、やがてそこから走って飛び出し、そのまま走り出たところが花畑になっている。ふたりが花畑で走っている光景は、塗り絵のようで、重要なイメージになりました。そのふたつの場所が良い対比になると思いました」
「また花畑を通して、人生の脆さ、はかなさを表現できると思いました。季節が移ると、機械で花が刈り取られて、大地にかえっていきます。脆いところに、残酷さや荒々しさが入ってくる。脆さと残酷さ、この両方の要素を描く映画になると思っていたので、花畑を通して、トーンをシフトできるなと思いました」
その言葉通り、映画を見終わった観客は、「何者にも荒らされていなかった、もはや戻れない場所」として、ふたりが満面の笑みで駆け回っていた花畑を、心の内でよみがえらせることになる。しかし、春になればまた草木は芽吹き、花は咲き、色鮮やかな花畑が広がる。人生のはかなさだけではなく、希望の象徴としても描かれているのだ。
魅力的な舞台設定はもちろん、前作「Girl ガール」の主演ビクトール・ポルスター、本作でのエデン・ダンブリン(レオ役)とグスタフ・ドゥ・ワエル(レミ役)と、ドン監督の作品はいつも、若きキャストの繊細な演技が印象的だ。なかでもダンブリンは、ドン監督が電車のなかで姿を見かけて、オーディションに誘ったというドラマティックな経緯がある。
「前提として脚本のキャラクターに合うかどうか、という部分はありますが、私が惹かれるのは、役者さんのパーソナリティです。エデンに会ったとき、彼は非常にエレガントで流れるような動きをしていて、大きな目が印象的でした。そういう少年が、荒々しく鋭い動きを求められると、もともと持っている資質をコントロールしなくてはなりません。その葛藤から、対比として面白いものが生まれるんじゃないかと考え、彼に話しかけました。彼はすごく情熱的で、優しい心の持ち主で、感情的知性がとても高い人。前作のビクトールも、同じような資質がありましたが、ビクトールの方が内省的で、あまり世界に自分を見せない。エデンの方がオープンで、『こういう人間です』とさらけ出す人でした」
まさにドン監督の直感がぴたりとはまり、映画の冒頭、レオがレミに向ける視線の数々は、観客の心に強烈に焼き付く。その雄弁な眼差しから、レオがレミをいかに大切に思っているかが伝わってくる。さらにドン監督が俳優に求める要素や、最も重視する部分についても教えてもらった。
「私は若い役者さんたちと仕事をするのが好きです。彼らに自由を与えられれば、彼ら自身のイメージやクリエイティビティを発揮してもらえるんです。脚本に書いてあることをただコピーするような演技は全く望んでいないので、一緒に作品を作っていけるコラボレーターを探しています。だからキャスティングのときに役者さんに求めることは、イマジネーションや、コラボレーターとしてのクリエイティビティです。監督として完全にコントロールもするけれど、一方で完全なコントロールの欠如という要素も重要だと考えています」
「私はキャラクターのことをよく理解しているので、その鍵を役者さんに渡したいと思っています。ただ、鍵を答えとして渡すのではなく、役者さんたちにたくさん質問するんです。『このとき、キャラクターはどうしてこういう行動をとったと思う?』と聞いて、私の答えは伝えない。私の考えを押し付けるよりも、自分たちで決めてほしいし、明らかにしてほしいと思っています。そうすると、すごく複雑な、命を吹き込まれたキャラクターになって、『A+B=C』という一面的なものにはならない。2本の映画を見返してみても、ビクトール、エデン、グスタフの3人が感じていることは、私の想定にはおさまらないことがたくさんあると実際に分かります」
トランスジェンダーのバレリーナが、自分らしく生きることの難しさを描いた「Girl ガール」。少年同士の親密な関係が、他者が定義しようとしたことで破壊される「CLOSE クロース」。ドン監督は、ジェンダーに紐付く社会の眼差しや規範によって、思春期の若者たちの個やつながりが押しつぶされる苦しみを、描き続けている。
「私はクィアとして育ってきて、自分に起こった苦しい出来事は自分だけの経験だと思っていたんですが、大人になってみると、『身体に紐付く価値観や規範に応えなければならない』という葛藤は、皆が経験することだと分かりました。孤独の理由になっていたものが、実は私と他者をつなげてもいるんだなと、いまは思っています。描きたいのは、レオやレミのような年齢のとき、自分自身であるよりも、他者の一員になりたいという思いから、自分自身を裏切ることがありうるということです。グループの一員になると、個としての自分が消えていくこともあります。それは美しいことかもしれないけれど、どちらかというと恐ろしいことです。ある考え方に純化していくことでもあるし、自分が誰だかわからなくなってしまうこともあります」
「また、この年齢は初めての経験が多くて、どのように向き合っていいかわからないまま、周囲に流されて進んでいってしまう。何年も経って振り返ると、実はそのときにできた痣や傷跡が、人間関係、ものの見方、世界のなかでどのように舵を切っていくのか、ということにすごく影響していたと気付きます。この年齢の子どもたちには、幸せで悲しみがないというイメージを持ちがちですが、私は違うんじゃないかと思います。すごく深いエモーショナルな時期だと思いますし、悲しみも存在している。こんな風に話していると、悲しい映画だと思われてしまうかもしれないけれど、私たちが作ってしまった社会規範がいかに暴力性を持っているのか、どうしても描きたかったんです」
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