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「アイ,トーニャ」で描かれたナンシー・ケリガン襲撃事件、伊藤みどりへの思い クリスティー・ヤマグチが告白【NY発コラム】

2023年6月6日 15:00

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クリスティー・ヤマグチ
クリスティー・ヤマグチ
Photo credit: Carla Torres/AP Images for Japan Day, Inc.

ニューヨークで注目されている映画・ドラマとは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、大作だけでなく、日本未公開作品や良質な独立系映画なども紹介していきます。


5月13日、ニューヨークでジャパン・パレードが開催された。

ジャパンパレードとは、ニューヨーク市への謝意を示しつつ、日米の友好関係の促進、日系コミュニティの連帯を強化することを目的としているパレード。初回は2020年に計画されていたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止に。2022年5月14日に初回を迎え、今回が2度目の開催となった。

同イベントのグランドマスター(パレードを先導する役割を担う人物)に選ばれたのは、元フィギュアスケート選手で、アルベールビルオリンピック女子シングル金メダリストとなったクリスティー・ヤマグチ。今回は、そんな彼女への単独インタビューが実現した。金メダルを獲るための決断や、マーゴット・ロビー主演「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」でも描かれたナンシー・ケリガン襲撃事件、伊藤みどり選手への思いなどを語ってくれた。

先天性内反足というハンディキャップを抱えて生まれてきたクリスティー。人生のターニングポイントとなったスケートを始めるために、どのような理学療法を受けたのだろう。

「両親は早くからこのコンディションを矯正してくれたので、私は幸運だったと思います。生後2週間後からギブスを足につけてもらい、成長にしたがって、2週間ごとに新たなものをつけてもらっていました。それは足をまっすぐにするためのものです。約1年半もの間、そんなギブスをつけ、さらに足を伸ばすために矯正用の靴を履かなければいけませんでした。特に夜は足が痛くて、父親がマッサージしてくれたことを覚えています。3、4歳の頃にはかなり矯正が進み、協調性を高める活動ができるようになっていました」

ジャパン・パレードの様子
ジャパン・パレードの様子
Photo credit: Carla Torres/AP Images for Japan Day, Inc.

スケートを始めたのは、4、5歳頃。小学6年生になると朝の5~10時に厳しい練習をするような努力家だったが、彼女の母親も早起きをしてスケート場に連れていってくれたそう。全てをサポートしてくれた母親とは、どのような関係を築いていただろうか。

「私がスケートに対して献身的だったことと同様に、母は私に献身的でした。ほぼ毎日、早朝から私を乗せて長距離の運転をしたり、全国(=アメリカ国内)を飛び回ったりしながら、さまざまな大会に付き添ってくれました。私をリンクに通わせ、レッスンやスケートの道具を揃えるために、多くの犠牲を払っていました。でも、私たちはとても仲が良かった。母は私の最大のサポーターであり、私がスケーターとして経験した多くのことを分かち合ってくれていました。そして、私には弟や妹もいたので、父も余計に気をつかわなければいけませんでした。父は、中学、高校と2人の面倒をみながら、色々なことに気を配っていたと思います」

クリスティーは幼少期からスケート競技に参加し、さまざまな場所で活動していたため、ホームスクール(学校に通学せず、家庭に拠点を置いて学習を行うこと)を実施していた。

「中学までは普通の学校に通っていました。中学2年生の時――13歳くらいだったでしょうか、フルタイムの家庭教師をつけたんです。でも、教室にいることが本当に恋しかったので、その点だけは苦労しました。高校の最初の2年間は、自主学習をしていました。週に一度テストを受け、新しい課題をもらい、前週の課題を提出するだけ。ただし、1週間分の学業を自分でこなすという自己管理が必要だったので、そこが大変でした。スケートの場合は好きでやっていましたし、やる気もあったので自己管理は簡単。学校の勉強を“自分でやる”ということは、本当に大変でした。でも、もっと社会的な交流がしたかったので、高校3、4年生(アメリカの高校は4年制が多い)の時、故郷のフリーモントにある高校に復学しました。高校は3クラスだけでしたが、他の生徒と一緒に学び、毎日先生がいる環境に身を置く……その刺激が楽しかった。それでも午前中は11時頃までトレーニングをしなくてはならないので、自主学習で3クラス受講していました。高校では、ハイブリッドで柔軟なスケジュールを組むことができたことが幸運でした」

1991年の世界フィギュアスケート選手権では優勝を果たし、ナンシー・ケリガン選手、トーニャ・ハーディング選手とともに表彰台に立ったことがあった。

「彼女たちと競い合うことができて良かったです。私たちの国(=アメリカ)は競争が激しく、それぞれが向上心を持ち続けていました。トップクラスのライバルたちが“何をしているのか”。それを簡単に見ることができたんです。互いを見るだけでよかった。自分もそうしなければならないし、もっと頑張らなければならない。世界選手権に出場することさえ難しかった状況でプレッシャーも大きかった。でも、互いをプッシュし合って、どんどん良くなっていくことができました。そういう意味でいえば、私とナンシー・ケリガンは、初心者の頃からお互いを知っていて、とても仲の良い友人。ルームメイトだったこともあります。競い合っていたとはいえ、かなり仲の良い友人でもあったというのは、ユニークな状況だったと思います」

「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」
「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」
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1994年には「ナンシー・ケリガン襲撃事件」が起こった。リレハンメル冬季五輪の代表選考会を兼ねた全米選手権の会場で、練習を終えたケリガンが何者かに膝を殴打された事件である。2週間後にハーディングの元夫らが逮捕され、ハーディング自身にも疑惑の目が向けられた。ケリガン不在の全米選手権で優勝し、五輪に出場したハーディングだが、8位入賞と結果は振るわずフィギュア界から引退している。この事件は、フィギュアスケート界にどのような影響をもたらしたのか。

「あのような暴力的なことが起こるなんて……と、最初は純粋にショックを受けました。もちろん、オリンピックを間近に控えたナンシーを懸念する気持ちはありました。彼女はアメリカチームを率いるだけでなく、メダルを獲得し、優勝する可能性もある大本命だったからです。普段はスケートに興味のない人たちまでも、突然ドラマ(=事件)を見るようになりました。巨大なスキャンダルに巻き込まれていたんです。当時、私たちのスポーツには、これ以上ないほどのスポットライトが当たっていました。私は既にプロフェッショナルな立場でしたが、当然ながらオリンピック出場を目指す競技者たちは隔離された状態。この件についてあまり話すことは許されませんでしたし、注目されたくなかったんだと思います。彼ら(競技者)は、オリンピックに向けた準備やトレーニングに集中したかったからです。そのため、多くの報道陣やメディアは、プロフェッショナルである我々に注目してきました。あの事件に関しては、数年間、少しクレイジーな状態が続き、フィギュアスケートへのスポットライトがかなり強烈にあたっていたと思います。それは良い面もあれば、悪い面もありました。良い点に関していえば、人々がフィギュアスケートに興味を持ってくれたこと。このスポーツは、あのネガティブな出来事から立ち直りつつあります」

金メダルを獲得すると人生は一変してしまう。では、どうやって地に足をつけて、これまでの日々を過ごしてきたのだろう。

「まずは、家族に感謝しなければなりません。彼らはとてもしっかりした人たちで、私が成し遂げたことをとても誇りに思ってくれていました。でも、私がどんな人間であってほしいか、価値観、誠実さ、すべてにおいて期待値を下げることはありませんでした。両親は『地位に甘んずることなく、何事も当然と思わずに、常に感謝の気持ちを持ちなさい 』と言っていました。だから家族のおかげで、私は地に足をつけて生活することができました。そして、エージェント、コーチ、振付師など、本当に信頼できる人たちの素晴らしいサポートシステムもありました。彼らを信頼していましたし、本当に良い人たちでした。私は幸運でした。アスリートのことを一番に考えてくれる人たちが周りにいる。そういうチームは、そうそうあるものではありません。そのおかげで、私は良い軌道に乗ることができました」

ジャパン・パレードの様子
ジャパン・パレードの様子
Photo credit: Carla Torres/AP Images for Japan Day, Inc.

日系アメリカ人でもあるクリスティーが次に語ったのは、フィギュアスケーター・伊藤みどりについて。当時の伊藤は、競技中、困難なトリプルアクセルに果敢にチャレンジしていた。しかし、クリスティーが目指したのは“オールラウンドなフィギュアスケーター”だった。

「みどりさんは素晴らしい方で、女子フィギュアスケートを別次元に引き上げた張本人だと思っています。彼女は、プログラムに多くの3回転ジャンプを取り入れた最初の人であり、技術的にもついていけるように、私たちを後押ししてくれました。そのパワーは比類なきものでした。今でも、自分の身長の半分近くもあるような高いジャンプを跳んでいて……それは信じられないことだと思っています。彼女と一緒に練習する必要がない時、いつも嬉しく思っていました。なぜなら、皆が彼女に畏敬の念を抱いていたからです」

そんな伊藤に対抗するために、何か方法を考えなければならなかったそうだ。

「当時、私もトリプルアクセルを一生懸命練習していて、あと一歩のところまでいったのですが、オリンピック前の大会には間に合わなかったんです。そのため、皆と競うためには、違う方法を見つけなければならないと思いました。(審査の対象となる)演技のプレゼンテーション、構成の仕方、音楽の選曲による解釈をより、明確に遂行しなければなりませんでした。それはとても重要なことで、競技に参加するうえでは、それらを自分の強みにしなければなりませんでした。トリプルルッツ、トリプルトゥループは、トリプルアクセルほどではないけれど、それに近い、あるいは同等の価値を持っているため、確実に必要なものだと思っていました。 それに加えて芸術的なマークがあれば、チャンスはあるはずだと。もし、みんながトリプルアクセルをきれいに決めたとしても、トーニャとみどりにとっては、リスクの高いジャンプになることがわかっていました。2人にとってはギャンブルだったと思います。クリーンなジャンプで決める。それが私にとっての唯一のチャンスだと思っていました」

ジャパン・パレードの様子
ジャパン・パレードの様子
Photo credit: Carla Torres/AP Images for Japan Day, Inc.

クリスティーは、ダンスリアリティ番組「ダンシング・ウィズ・ザ・スターズ」第6シーズンで優勝を果たしている。マーク・バラスとペアを組んだときの感想と、訓練について話を聞いてみた。

「音楽に合わせて演技をする場合、音楽性は間違いなく役に立ちます。ただ全てのスケーターに音楽性が備わっているとは言い切れません。私はたまたま、音楽に合わせてゾーンに入り演技をするスケーターだっただけです。スケートで滑走している時はスムーズですし、アイソメトリックホールド(筋肉が1番収縮した状態で数秒キープすること)もあります。一方、ダンスは8カウントのビートやシンコペーション(本来の正規のリズム進行から逸脱した状態のこと)がありますよね。ステップに関しても、氷上でよりもずっと速いんです。その点はかなり違いました。パートナーとの共同作業に慣れていない人は、それに慣れることも必要です。でも、マーク・バラスは信じられないほど忍耐強く、振り付けもとてもクリエイティブでした。とても楽しかったです」

テレビシリーズ「Hey! レイモンド」「フアン家のアメリカ開拓」、映画「D2 マイティ・ダック」には、俳優として出演を果たしている。この活動については「私はあまりいい役者だったとは思っていません」と振り返る。。

「トレーニングを受けたこともないし、指導を受けたこともありません。全然、心地よくはなかったけど、本当に楽しかったです。自分を演じるのであれば、それはそれでOKでした。『Hey! レイモンド』『フアン家のアメリカ開拓』のような小さな役をやるのは楽しかったんです」

現在、クリスティーは絵本「The Dream Becomes Little Pig」を手がけたり、「Always Dream Foundation for Children」という財団を設立。教育を通じて、子どもたちが夢を追いかけるためのアクセスや方法を提供している。

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