【「EO イーオー」評論】純粋さ、無垢の力。苛烈なやさしさ ロバが見た世界の美を活写する
2023年5月7日 08:00
スコリモフスキのやさしさは苛烈だ。
「シニカルで世知辛い私たちの世界」で弱さとみなされもする「純粋さ」、だが自分の中に残ったそれを育むように努めている、人間と自然、人間と動物の関係性も考え直す必要がある、「消費のための産業的な飼育ではなく、愛を持ってポジティブな関係を育むのが真っ当だ」(プレスシートより)との発言も、乳母車に乗せて老犬を散歩させる類のやさしさときっぱりとたもとを分かつ厳しさに裏打ちされたその7年ぶりの新作「EO イーオー」を前にすれば、おためごかしの愛に溢れた世界を退ける真正の純粋さをこそ射抜くひとりの真摯な言葉として、シニカルで世知辛いこの世を生きる私たちの目にも胸にも真っすぐに飛び込んでくる。純粋さの力に素直に撃たれてみたくなる。
今年5月で85歳となるスコリモフスキが、生涯で唯一度、涙を流したと述懐するロベール・ブレッソン監督作「バルタザールどこへ行く」(1966)。この傑作を原点とする「EO」は、キリスト、聖なるイメージと結ばれて無垢を象る存在としてのロバ/バルタザールの流転の生を追いつつ周囲の人々、その人としての業(ごう)をこそ端正なモノクロの時空に差し出す先達の世界に張りつめる厳しさを受け継ぎながら、しかし人の物語よりはロバの物語にこそより肉薄していこうとする。白い縁取りのあるロバの切れ長の大きな目。そのアップをブレッソンから継承もするけれど、スコリモフスキの映画はさらに一歩、踏み出してロバ/EOの眼差しの深奥、頭の中、記憶や悪夢の領域へと旺盛に突き進む。その赤い視界とロードムービーとして切り取られるEOの旅の視界。主観と客観が果敢に混交する中で、起承転結に縛られた物語りをひらりと超えた物語が展開されていく。
そこでロバのEOはかわいく擬人化された主人公だったりはしない。動物愛護団体に保護されたことで愛に溢れたサーカスの娘の下から引き裂かれ、旅を経てつまるところサラミ、食肉の原料として在る。そんな惨い現実に映画は蓋をしようとはしない。ただ、抗いようのない現実、不当な暴力にさらされた存在もまた窓の外、野を駆ける馬たちの自由に見惚れ、すれ違うトラックの荷台の豚たちの行く末を自らのそれとして憂う心がないわけではないだろうと、ロバの心を想う映画が射抜いていくのが、おためごかしを退けた苛烈なやさしさに他ならない。あるいは世界を人中心の眼差しを超えた所で捉える大きさ。深さ。安易な救いの手を差し延べることの嘘を駆逐して、それでも映画はEOが見た世界の美を活写する。同情でも共感でもなく、どこまでもありのままにこの世界に置かれた個を認め、見つめ切る。純粋さ、無垢の力。苛烈なやさしさがそこに厳然とふるえている。
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