【「パリタクシー」評論】パリの街並みが照らし出す92歳の“人生の輝き”。
2023年4月9日 16:30

「軽いフレンチコメディだろう」、こんな先入観は映画を観始めてすぐにブッ飛んだ。絶妙な会話に心を鷲づかみにされ、次にどんな“話”が飛び出すのか、まるで見当もつかない期待感に満たされる。凜とした“語り”が塞ぎがちな心を解きほぐしていく。ふと気がつくと、優しさに包まれて嬉し泣きしていた。ふたつの純な心が交わり、嬉しくて切ない喜びの涙が込み上げる。
パリのタクシー運転手シャルルは人生の崖っぷちにいる。リース契約した黒のルノーで1日12時間、週に6日、1年で地球3周分の距離を走る。看護士の妻と共働きだが生活は苦しい。友人や歯科医の兄への借金返済も滞っている。おまけに交通違反続きで残り2ポイント、何かやらかしたら即免停だ。いいことなんかありゃしない。苛立ちは募るばかり。
そんな時、パリの反対側まで走る依頼が舞い込む。稼げるならと引き受けて指定の場所でクラクションを鳴らすと、背後から「近所迷惑よ」と声がする。依頼主のマドレーヌだ。ゆったりと車に乗り込むと「私は92歳。長年住んだ家を離れて介護施設に転居する」と告げる。
パリ郊外のブリ=シュル=マルヌから施設があるクルブヴォワへ、直線距離で約20キロのドライブが始まる。引越のいきさつを話し始めた彼女は、「ちょっと寄り道して」と言い出す。まわり道になると応じた運転手に「長い人生の10分だけ」だと優雅に微笑む。
マドレーヌが寄り道して訪れるのは思い出が詰まった場所。道草は自分が生きた軌跡を辿る旅なのだ。その時々の胸に秘められた想いを歌が代弁し、タクシーの移動と彼女の長き人生の物語が省略を効かせた編集で簡潔に描かれていく。
シャルルには、クリスチャン・カオリン監督と「戦場のアリア」(2005)以来2度目のタッグとなるフランスの国民的コメディアン、ダニー・ブーン。ぶっきらぼうな運転手が、人生の大先輩の声に耳を傾け、いつしか家族のような親密さで自分のことを話し始める。言葉を交わす度にほぐれていく心の変化をナチュラルに表現している。
マドレーヌを演じるのは、女優、社会活動家としても知られる現在94歳の現役歌手リーヌ・ルノー。米国滞在時に自分と同じ北部出身の若きダニーが大劇場で喝采を浴びたことを知り電報を送った。帰国後、彼の公演に出向き楽屋で初対面して以来「私の息子」と公言している。つまりふたりは大の仲良し。
エッフェル塔、ラ・セーヌ、ノートルダム寺院、オペラ座、シャンゼリゼ大通りから凱旋門へ。第二の主役はパリの街並みだ。監督率いる撮影チームは最新技術を駆使して、タクシーの窓越しに変わりゆくパリの風景を活写、目にも楽しい映像に仕上げている。
生きづらい時代だと愚痴ることは簡単だ。コロナ禍が一段落した今も同様だろう。こんな時だからこそ「パリタクシー」に乗ってマドレーヌの話に耳を傾けよう。生きているって捨てたものじゃない、やっぱり素敵なことなのだ。
(C)2022 - UNE HIRONDELLE PRODUCTIONS, PATHE FILMS, ARTÉMIS PRODUCTIONS, TF1 FILMS PRODUCTION
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