<第95回アカデミー賞の裏側>トム・クルーズ不在の真相は? 「エブエブ」圧勝の理由も解説【ハリウッドコラムvol.328】
2023年3月25日 11:00
ゴールデングローブ賞を主催するハリウッド外国人記者協会(HFPA)に所属する、米ロサンゼルス在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
アカデミー賞授賞式が無事終了した。2022年は映画界がついに正常化し、トロント国際映画祭からゴールデングローブ賞を経て、アカデミー賞ではレッドカーペット取材までやらせてもらったので、ようやくひとつの区切りがきた感じだ。
アカデミー賞の結果はみなさんご存じの通り「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」の圧勝だ。ただ、「どうしてあの映画が作品賞を取ったのか分からない」という話も聞くので、今回はそのへんも含めた裏話をしたいと思う。
まずはトム・クルーズの不在だ。「トップガン マーヴェリック」は作品賞にノミネートされており、彼はプロデューサーの一人だ。劇場公開にこだわって上映延期を繰り返したのち、昨年ようやく封切りにゴーサインをだした。その結果、劇場とスタジオにあれだけのヒットをもたらしたのだから、ハリウッドを救ったヒーローであるのは間違いない。実際、2月13日、アカデミー賞にノミネートされた人たちが集まる昼食会において、トム・クルーズの周りには人だかりができて、国王のような歓待を受けていた。アカデミー賞授賞式の主役であるのは間違いなかった。
それでも、彼は授賞式にやってこなかった。欠席した理由について、「制作上の都合」との説明があったという。2部作となる「ミッション:インポッシブル デッド・レコニング」の制作スケジュールとぶつかったと言いたいのだろう。
だが、これは明白な嘘だ。なぜなら同シリーズで脚本と監督を務めているクリストファー・マッカリーを会場で見かけたからだ。マッカリー監督抜きで「ミッション:インポッシブル」の制作が行われることなど考えられない。さらに、アカデミー賞の2日後にはマイケル・ケインの90歳の誕生日を祝うために、イギリスのロンドンを訪れている。アカデミー賞の前後はしっかりスケジュールを空けていたものの、何らかの事情でキャンセルしたようだ。
その原因として2つの説が囁かれている。1つ目は、プレゼンターとして出席した元妻ニコール・キッドマンとの再会を避けた、というものだ。1990年から2001年まで結婚していた。公衆の面前で、顔を合わせたくなかったというもの。
もうひとつは、自身が信仰するサイエントロジーを生放送でイジられるのを避けたという説だ。実は、2月18日に行われた米監督組合授賞式において、司会を務めたジャド・アパトー監督はトム・クルーズを題材にした辛辣なジョークを連発していた。たとえば、こんな感じだ。
「彼が新しいスタントを披露するたびに、サイエントロジーの広告のように思えてしまう。あれは『ダイアネティックス』のなかに書かれているのかな? モーセ五書には崖から飛び降りろなんて書かれていないから」
アカデミー賞司会のコメディアン、ジミー・キンメルは、当日のジョークについてジャド・アパトー監督に相談しているという噂が広まった。それを聞きつけたトム・クルーズの広報が、ストップをかけた、というのだ。
2005年、ケイティ・ホームズと交際をはじめたころ、トム・クルーズはトーク番組でソファーで跳びはねたり、産後うつに苦しんでいたブルック・シールズの抗うつ剤使用を痛烈に批判したりと、奇行を繰り返して人気を落としたことがある。キャリアの立て直しに成功し、大作映画の公開を控えるいま、生放送で自身の「弱点」をさらけ出したくないと考えるのも無理はない。
ただし、司会のジミー・キンメル側によると、ジャド・アパトー監督には相談しておらず、「トップガン マーヴェリック」やトム・クルーズを讃える内容のジョークをたっぷり用意していたという。だが、クルーズが欠席したため、これらはすべてボツになった。
さらに、ジェームズ・キャメロン監督も「個人的な理由」で欠席した。
この事態に司会のジミー・キンメルはアドリブで言い放った。
「劇場に戻ろうとみんなに呼びかけた二人が劇場にやってこなかった」
さて、実際の授賞式はとても気持ちの良い展開になった。昨年はウィル・スミスがビンタ事件を起こしたばかりか、受賞スピーチで延々と自己弁護を展開するという後味の悪いものになっただけに、どんな授賞式でも印象は良くなったに違いない。だが、凝ったパロディやダンス、辛辣なジョークなどを排除した古風なスタイルは、受賞者たちと彼らが手がけた作品を際立たせていた。受賞者たちが祝福される姿や彼らの魂のこもったスピーチこそが、アカデミー賞授賞式の最大の魅力なのだ。
最後に「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」が作品賞を含む7冠に輝いた理由について触れたい。
ぼくはこの映画のファンだが、人を選ぶ作品であることも理解している。知性とバカバカしさ、創造性と感動がぐちゃぐちゃになった、まさにカオスな映画だからだ。当然のことながらアカデミー賞の主役になるとは予想していなかった。受賞するとすれば、脚本賞くらいだと思っていた。だが、年が明けると、いっきに勢いが増していた。
理由は2つあると思う。「白すぎるオスカー」への批判から、映画芸術科学アカデミーは女性と非白人の会員を積極的に増やしてきた。毎年数百人を増やし、いまでは1万人前後いる。性別や人種構成の是正を目的としたものだが、副産物として平均年齢もぐっと若くなっている。だからこそ、「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」のような野心的な作品を受け入れる下地が整っていたのだ。
2つ目は、作品賞が「人気投票」に変わったことにある。2009年から作品賞のノミネート数が従来の5作品から最大10作品に倍増したことは大きく報じられた。だが、選出方法が変わったことはあまり注目されていない。
ノミネート5作品のなかから1作品に投票するというスタイルだったが、好きな作品順に番号をつけていくPreferential Ballot(優先投票)と呼ばれるものに変わったのだ。ずらりと並んだノミネート作品のなかで、好きな映画には「1」をつけ、嫌いな映画は「10」にする。この投票システムでは、「TAR ター」や「西部戦線異状なし」のような、好き嫌いが別れる作品は不利になる。
では、どんな作品が有利なのか? 前年作品賞を含む4冠に輝いた「コーダ 愛のうた」を見ればわかりやすい。本作は十代の女の子の成長を描いた青春映画で、同時に障がい者のリアリティを描いている。おまけに、相互理解や寛容といったテーマもある。アカデミー会員に刺さる要素を複数備えているため、投票用紙の上位につきやすいのだ。
かつての作品賞はその映画の芸術性で選ばれていた(すくなくともそういう建て前だった)。だが、いまでは優劣をつけなくてはいけなくなったため、複数の魅力を備えていることが大事になったのだ。
それを考えると、「フェイブルマンズ」や「イニシェリン島の精霊」が勝てなかった理由も説明がつくだろう。
それに対し、「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」はスタイルやストーリーが斬新だし、家族愛というテーマもしっかりある。さらに、アジア系アメリカ人のリアリティを描いている。おまけに、さまざまな映画賞を通じて、業界内にファンを増やしていったA24のキャンペーン戦略のうまさもあった。結局のところ、アカデミー会員に一番好かれたからこそ、「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」が圧勝したのだ。
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