「茶飲友達」が1館から53館へ異例の拡大公開 外山文治監督&主演・岡本玲の熱い思い
2023年3月11日 11:00

外山文治監督の最新作「茶飲友達」が、異例ともいえる興行を展開して話題を呼んでいる。2月4日に渋谷ユーロスペース1館で封切られた同作だが、現在までの1カ月あまりで全国53館へと拡大しての公開が決まった。その興行を牽引しているのは、コロナ禍で劇場離れが顕著だったシニア層。ユーロスペースでは満席が続き、公開週末の同館ロビーには観客が溢れかえった。この状況を外山監督と主演の岡本玲はどう受け止めているのか、話を聞いた。(取材・文/大塚史貴)
ほのぼのとしたタイトルだが、2013年に高齢者向けの売春クラブが警視庁に摘発された実際の事件をモチーフにしている。これに着想を得た外山監督がオリジナルで脚本を執筆し、高齢化社会の問題に真っ向から挑みながら、対比となる若者たちが胸に抱く孤独すらも内包する意欲作を無骨に作りあげた。

筆者は約2年半前、村上虹郎と芋生悠が熱演した「ソワレ」の取材で外山監督と対峙していた。その際に、「映画って特別。映画じゃなかったら、こんなに貧乏しないよって思う」と真摯な眼差しで話していた姿が忘れられずにいた。「ソワレ」にしろ「茶飲友達」にしろ、外山監督が手がける作品からは作り手たちの“映画へ捧げる思い”が匂い立つように感じることができるはずだ。
1館から53館へ。これは、外山監督が作品を通じて伝えたいメッセージが、広く世に届き始めていることを意味する。そしてまた、公開館数だけでは括ることが出来ない勢いで、多くの人の心に染み渡り始めているとも言うこともできるのではないか。

外山「想定外です。現在の映画興行において、『口コミが大切なんです』『公開3日間が勝負なんです』ってよく言いますよね。そういうものなんだ…と思い、それを体験したことがないからこそ一生懸命に声を出してきました。我々は本当に精一杯に声を出すしかなくて、我々の声が枯れるのが先なのか、世の中が気づいてくれるのが先なのか……という思いでやっていました。
最初の2日間がずっと満席でしたから、どうやら観に来てくれているのが身内だけじゃないということが分かる。話を聞いても、『予告を観て興味を持った』とか『劇場の看板を目にして観たくなった』とか。そこから一気に火が付いたので、こんな風に世間が作品を埋もれさせないようにしてくれたことに大きな喜びを感じました。この伸び率を体験できているというのは、今後の映画製作においても大きく変わっていく気がします」

岡本「これまでに色々な監督さん、演出家さんとお仕事をご一緒してきましたが、外山さんは誰よりもまっすぐな言葉をみんなに投げかけてくれるんです。グループラインに毎日、『みんなで広めていきましょう!』と鼓舞するメッセージをくれて、若手もベテランもそれに素直に応えている。
そういう純粋な部分が、お客さんに伝わるんだなという発見がありました。なかばダメ元でやっていた部分もあったのですが、そうではなく、きちんと反応して拡散してくださった方々がたくさんいたんです。SNSの世の中も捨てたもんじゃないなと思いました(笑)」

今作に登場する老人たちを「孤独」と一括りにまとめることは容易だが、それでは元も子もないと感じる人も少なくないのではないだろうか。ここ数年間の世相を鑑みても、誰にとっても「心の拠りどころ」の比重は高まっていると痛感させられる。外山監督は、自らの「心の拠りどころ」を迷うことなく「映画製作」と口にする。
外山「『ソワレ』で『ひとりは嫌だ』というセリフが3回出て来るんです。今作も“人の空いた心が埋まらない”ということをテーマにしているのですが、それはすなわち自分自身がそう思っているということ。その対処法が見つかっていないということを映画製作にぶつけることで、『自分だけじゃなくて皆も同じなんだ』と理解できる。
いい大人なので言って回りこそしないものの、ふとした時に『なんだろう、この寂しさは』と思うことがあるんです。そこを映画でも描いているのでしょうね。寂しさって、商品として見たときにウリになるのか未知数ではある。でも、それが共感という形で返ってくるので、自分ひとりじゃないことが今、よくよく分かっているという感じです」

穏やかな語り口の外山監督だが、オーディションは10日間にわたり、朝から晩までみっちり実施したという。このオーディションから撮影、そして現在にいたるまで時間を共にすることで、岡本は外山監督の眼差しから何を感じ取っただろうか。
岡本「外山さんは、オーディションのときから絶対に否定しないんです。そういう姿でいてくれると、役者はホッとします。どれだけ人に見せたくないものを、カメラの前で見せられるかが大切だと思っているので、これまでの外山作品に出演する皆さんが生活の匂いがしてくるようなお芝居をされていることにすごく納得しました」
外山「ありがたいです。確かに否定はしません。もともと、自分の思い描いたものを役者に託しているわけではないんです。自分はこう考えているけれど、あなたはどう考えているの? という対話が大事だと思うんです。もともと人の良いところを引っ張ることに魅力を感じてこの仕事をしているので、否定はしません」

岡本「俳優は、監督が何を望んでいるんだろうって考えてしまうものです。外山さんは、良い意味で何を求めているのかが分からないんです(笑)。だからこそ、自分のしたいことをしてみよう…という発想になるのかもしれません。よく『台本通りにしていますねえ』『どうして台本通りにするの?』って言われていましたよね(笑)」
外山「キャスティングした意味を考えると、その人の良さが乗っかってこないと心が動かないんです。いくら熱演しても、サマになっていてもダメ。振付をしているわけではないので。僕は背中を押したいんです。背中を押すには、前を走ってもらわないといけない。『監督はどうしてほしいの?』は、監督に手を引っ張ってもらう行為だから、背中が押せない。これは『ソワレ』で受けた影響が大きいです。プロデューサーのふたり(豊原功補と小泉今日子)が俳優でしたから、『俳優を信じる』ということを徹底的に教えてくれました」
岡本にとっては15年ぶりの主演映画となったわけだが、現在に至るまでにドラマ、舞台でキャリアをこつこつと積み重ねてきた。「憧れでしかない」と映画について語る岡本の表情は、どこまでも生命力がみなぎっている。
岡本「自分が一番多感だった高校時代、『寂しい』とか『ひとりじゃないんだ』という感情を埋めてくれたのが映画だったんです。友だちのようであり……、でも私にとっては死ぬまで憧れであり続けるんじゃないかな。だからこそもっと近づいたり、寄り添ったり、そしてもがいていくんだろうなと思います」

ましてや、渡辺哲、磯西真喜、瀧マキ、百元夏繪ら酸いも甘いも噛み分ける経験豊富なベテラン勢との仕事は、岡本はもちろん若手キャストにも無形の財産をもたらしてくれたはずだ。
岡本「皆さん、あのままなんです。普段の姿と、カメラの前の姿が一緒。何が起きても常に楽しそうに受け止めていて、勇気をたくさんもらいました。そして、年を重ねていくことが怖くなくなりました」
外山「70代、80代の方がオーディションにやってきて、若手に交じって芝居をする。そりゃ、セリフ覚えは若手に軍配が上がります。でも、あの年齢になって自分たちが同じことをできているかなんて誰にも分からない。若手にとっては理想の姿なんじゃないかと思うわけです。年を重ねても芝居を続け、チャレンジしている。俳優としての知名度とか稼ぎとか、そういう些細なことではない本当の理想形を見せてもらった気がします」
岡本「学校みたいな感じでした。シニアの諸先輩方に良い刺激をいただきましたし、みんなでツッコミを入れることもありましたね」

外山「シニアの方々は、時に狡猾に(笑)、目立とうとしてくるわけなんですよ。人生の大ベテランですから、並の役者じゃないって若手も気づいて、うかうかしていると食われるぞ…みたいな(笑)。時に弱々しい姿を見せてきたりして、『いやいや、嘘でしょ!』って。そういう海千山千の方々を記号として、『シニアってこういうもんです』とは描けないですよ。高齢化社会の問題と書くと一括りで語ってしまうことが多いですが、この映画は群像劇。色々な人がいるんだということを描けていて、それは作品の魅力に繋がったかなと思います」
ふたりの口から繰り出される丁々発止のやり取りが、いかに撮影現場が“豊か”なものであったかを物語っている。「正しいことだけが幸せじゃない」というインパクトのあるセリフが本編には含まれているが、このセリフは観た人それぞれの胸中に後悔、落胆、希望など異なる余韻をもたらすことに成功している。
岡本は今作への出演を経て、改めて母親への思いがあふれ出てきたようだ。

「10代から20代半ばまで、自分から独りぼっちになりにいく生き方をしていたなと思うんです。独りで生きているんだから頑張らなければいけない!みたいな。当時の自分にとってはそれが正義でした。でも今考えると、すごく子どもだし、色んな人を傷つけていたんじゃないかという反省があります。
コロナ禍を経て、たくさん考えて色々なものに触れ、『茶飲友達』に出合うことができた。以前の考え方のままの私だったら、この作品に出演することはできなかったんじゃないか、劇中のマナにはなっていなかったんじゃないか……と感じるんです。私はこの作品に関わったことで、自分の家族という概念であったり存在に向き合うことができました。次のフェーズに進むきっかけになったと思います」
岡本の話を朗らかな面持ちで聞き入っていた外山監督だが、既に次回作に向けた取り組みを始めていることを明かした。
外山「2作ほど撮りたいものがあって、脚本を書いている段階です。原作ものをやらないのかという問題もあるのですが、映画においてはあと2本、オリジナルをやり遂げたい。それが結実すると、世の中に5本発信できることになる。その段階で、自分の作家性みたいなものが皆さんに求められるものなのかどうか確かめてから、次に進んでみようかなと思っています。またがむしゃらに書いてみようと思っています」
(C)2022茶飲友達フィルムパートナーズ
執筆者紹介

大塚史貴 (おおつか・ふみたか)
映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。
Twitter:@com56362672
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