エロいって、どういうこと?なぜダンスは性的に興奮するの?が裏テーマの感動作「マジック・マイク ラストダンス」【二村ヒトシコラム】
2023年3月11日 20:00
作家でAV監督の二村ヒトシさんが、恋愛、セックスを描く映画を読み解くコラムです。今回は、男性ストリップダンスの世界とその裏側をチャニング・テイタム主演で描いたヒットシリーズ最終章「マジック・マイク ラストダンス」をご紹介。破産で全てを失い、長期間ステージから遠ざかっていた元ストリップダンサーのマイクが、資産家の女性マックス(サルマ・ハエック)と出会ったことをきっかけに、人生の再起をかけ再びストリップダンスに挑む物語です。
マジック・マイク・シリーズは、マイクという男性ストリッパーの人生の物語です。男性ストリッパーの仕事は卑猥なダンスを踊ることです。たくましくエロい男のカラダを至近距離で見たり触ったりして興奮したい人たちのために。
シリーズ3作を通して主人公マイク・レーンを演じるチャニング・テイタムも実際に、19歳のとき大学を中退して実家に戻って昼間は工事現場で働きながら、夜はストリッパーをやっていたそうです。それから歌手のバックダンサーになってCMタレントになって、ハリウッドで俳優デビュー、32歳のときにシリーズ第1作「マジック・マイク」を大ヒットさせました。その3年後の「マジック・マイクXXL」も11年後の本作(第1作と同じくスティーブン・ソダーバーグが監督)も含めて、テイタム自身の<そうであったかもしれない、もうひとつの人生>なんでしょう。
(とはいえ本作の鑑賞には、前作と前々作を観てなくても、観たけど憶えてなくても問題ありません。「かつてマジック・マイクと呼ばれていた男性ストリッパーの、約10年後の話」という予備知識で充分です)
テイタムにとってではなく観客にとって「マジック・マイク ラストダンス」は、どんな意味をもつ映画なのでしょう? しょぼくれた中年になっていたマイクがダンス演出家として、そして自ら再び現役ストリッパーとして大舞台に上がるストーリーですが、お金持ちの人妻プロデューサー・マクサンドラ(サルマ・ハエック=ピノー)の感情をとおして、物質的には満たされてるけどずっと寂しかった女の心が、自分の興奮を守るために戦うことで生きかえる過程も描かれます。
それからマイクおよびマイクに見出だされた若いダンサーたちの、エロい肉体美の躍動。じっくりと鑑賞していただきたい。がんばって鍛えてる男性が彼らの圧倒的なカラダを見て「ううむ、上には上がいるね。かなわないからもう筋トレやめた」とか「いや俺のカラダのほうがエロいんじゃね?」と思ったりする映画かもしれませんが、だらしない肉体をした我々一般の男性が「そうか! 男のカラダもエロくていいんだ……!」と気づいて映画館の帰りにその足でジムに入会したり、にわかに家で腕立てふせや腹筋を始めたりするための映画でもあります。なにしろ今作ではテイタム43歳。僕は58歳なんですが感化されて昨日からプロテイン飲み始めました。じいさんだって死ぬ前にエロいカラダになりたいのだ(まあ僕の話はどうでもいいんですが)。
でもね、おそらく筋トレやプロテインだけでは男のエロいカラダは作れない。色気は身につかないのです。この映画は、人類史において<踊る>という行為にどれだけ性的な意味がこめられてきたのかを語る学術的ナレーションから始まります。
たぶんマクサンドラの娘の、あの理屈っぽい少女ゼイディ(ジェメリア・ジョージ)の声ですよね? ということは映画の裏のテーマが、少女が「エロいって、どういうこと? なぜ大人たちはダンスを見たりダンスしたりして性的に興奮するの? なぜ元気なかった大人は性的に興奮すると元気になるの?」という謎と出会っていくことなのだとも思えてきます。
二人でエロく踊るという行為は、魅力のアピールであると同時に、人間と人間が言葉を使わないでするコミュニケーションなんでしょう。エロさとは、コミュニケーションのためのものです。やみくもにガシガシ鍛えてるだけの筋肉より、自分に発情してくれる可能性がある相手をその気にさせるために動ける筋肉。強引にセックスに持ちこんだら、それはヤボ。無理やりにではなく自然に、相手の欲望に着火して発情させる。エロい人は、そういうカラダをもっています。
映画の最初のダンス。マクサンドラとマイクは誰も見ていない部屋の中で、こっそり二人だけで踊ってしまいます。このダンス、ほぼセックスです。ほぼセックスですがセックスそのものではない。挿入よりもエロい、いわゆる「すんどめ」です。人間のカラダは一緒に踊ってくれて興奮してくれる相手がいるときにエロくなるのです。
相手あってのことってことは、エロい男になりたい男性は、かならずしもテイタムみたいなムキムキでなくてもいいのかもしれない。やせてる男の細っこい手足にエロさを感じる女性も、太った男のぷよぷよしたお腹に興奮する女性も世の中にはいるわけですから、自分にその気になってくれる相手と踊れればいい。女性だって、若くスタイルが良くないとセックスする資格がないなんてことはないのです。重要なのは、その相手とのコミュニケーションによって一緒に発情しあうことができるかどうか。なんか今回のこのコラム、映画の感想文じゃなくてモテ論みたいになってきたな。まあいいや。
エロさとは、一方通行で成立するものではないのです。だからドヤ顔してカラダ鍛えてるだけの男はエロくない。自信や高慢さにエロを感じる場合もあるでしょうけど、そこからの相互コミュニケーションを考えると、とりつくしまがない。やはり人間には可愛げがあったほうがいい。
映画の中盤でマクサンドラにリードされ上流社会に連れていかれたマイクは、おじさんなのに可愛らしいです。若いダンサーたちに次々と出会っていくマイクは全然えらそうじゃない。年が年だし、もう何年も人前で脱いでないし……、みたいな恥じらいなのかな。いや、そもそもマイクは昔から、カラダは凄いのに精神はまったくマッチョではない奴でした。ところが頭の中で開幕ベルが鳴るとバチンとスイッチが入って、ためらいなくエロく男臭い踊りを踊り出す。ブランクを感じさせない。踊り始めたら、エロに関してもったいぶらない。かっこをつけない。マイクはストリッパーとして一流なのです。
マクサンドラはマイクに「あなたが本当にやりたいことは何なの?」と訊きます。よくある問いですが、残酷な問いです。そんな質問にすぐに答えられる人がいるでしょうか?(あらかじめ自分の中で用意されていたような答えは、だいたいインチキですよね)
やりたいこととできることは、ちがう場合があります。マイクが就きたかった職業は家具職人で、ストリッパーやって稼いだお金を貯めてオーダーメイド家具屋を開店したかったんです。でも彼は、それをうまくやれなかった。店を経営しつづけられる運もなかったんでしょう。そして彼はマクサンドラと出会ってしまい、もう一度ストリップをやるしかなくなる。
マクサンドラもマイクと出会って踊ってしまって、自分の人生を変える以外に選択肢はなくなりました。ダンスじゃなくても、恋愛することも一度だけセックスすることも、それをしないで一緒にまじめに何かをすることも、踊ることのうちです。
誰かと一緒に踊ることで自分自身が変われる可能性を秘めている人を<エロい人>と呼んでもいい。マイクもマクサンドラも若いダンサーたちもエロい人でした。エロい人は、反応し感化された相手を変えてしまうし、一緒になって踊って自分も変わっていく。相性がいいかどうかは、一緒に踊ることでおたがい変わることができたかどうかでわかります。
女も男も、年をとっても(年をとったからこそ)いざというときに興奮できる心とカラダの準備はしておいたほうがいい。一緒に踊り出したくなる相手と、いつどこで出会ってしまうかわからないからです。
舞台に出る寸前、マイクは若いダンサーたちと共に(彼等を励ます意味もあったのでしょうが)「俺たちは、ストリッパーだ!」と叫びました。踊り始めると「ああ、やっぱり俺には、これしかなかったんだな」と意識じゃなくて肉体が実感しました。それがマイクのダンスを見ている人にも、一緒に踊っている相手にも伝わった。
やろうとしたことに失敗し、なりたかった人間にはなれなくて、唯一できることも奪われそうになったとき、まわりに助けてもらって「俺には結局これしかできないけど、できることをやるべきなんだ。みんなのためにも自分のためにも」とわかって、それをやって人々を興奮させることができた。マイクは幸せな男だな。
人間は、できないことはやらなくてよくて(そのことを実感するためには時間がかかるのですが)、自然にやれてしまう自分の強みで戦えばいい。その結果まわりも幸せになれば、なおいい。
じつは「マイク、もう一回ストリッパーに戻れてよかったね。あんたにはそれがいちばん似合うよ」って思ったらウルッときちゃって、ラストの熱狂のダンスをずっと涙ぐみながら観てました。まあ僕のことはどうでもいいんですが、エロい男のカラダがお好きなかたはもちろんのこと、あんまり男のダンスには興味なくても、女に(男にも)モテる男になりたいと思ってるかたはぜひ観てください。勉強になるし感動しますよ。
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