【「イニシェリン島の精霊」評論】友情の終焉をめぐる予測不能のドラマに、静かな陶酔と衝撃が身を貫く
2023年1月29日 14:00
マーティン・マクドナーと聞くと胸の内側に緊張感がほとばしる。正直言うと筆者は「スリー・ビルボード」(2018)を初めて観た時の脳天をぶち割られたような興奮状態からいまだ立ち直れていない。マクドナー作品に挑むことは下手すると火傷を負いかねない危険な行為だ。でも信じて付いていけば必ず未踏の境地が待っている。だから彼の映画はやめられない。
そんな鬼才がまたも傑作を携え帰ってきた。舞台はアイルランド西海岸沖に浮かぶ島。今から100年前、ここに暮らす素朴な男パードリック(コリン・ファレル)は、親友で演奏家のコルム(ブレンダン・グリーソン)から一方的な絶縁通告を突きつけられる。どうやら彼とつるむのをやめ、もっと思索と音楽に身を捧げたいらしい。その決意は狂気的なほど固く、これ以上話しかけたら自分の指を切り落とすとまで言い出し…。
狭いコミュニティ内で不穏なムードが蔓延するのは前作と同じ。しかし本作には美しい自然がもたらす詩情を大切にしながら、寓意に富んだ物語を奥深く転がしていく魅力がある。セリフは脚本通り一字一句変えないのがマクドナー組の掟だが、演技に関しては役者に委ねられる部分が大きいとか。その点、太い眉をハの字にして親友の心変わりを嘆くファレルの姿はどう見ても絶品だし、対するグリーソンの真剣な面持ちからは彼が決して高慢な人間ではないことが切々と伝わってくる。両者の存在感が素晴らしいだけに、崩壊し砕け散っていく友情がただひたすら悲しくてたまらない。
そしてもう一つ際立つのが本土から響く戦争の気配だ。当時はアイルランドが泥沼の内戦へ陥っているさなか。血を分けた兄弟や親友が引き裂かれていく悲劇はケン・ローチ監督の「麦の穂をゆらす風」(2006)にも詳しい。本作では一発の銃弾すら見せることはないが、引き返せないところへ突き進む二人に“戦争の本質”が投影されているのは明らかだろう。その他にも父子、兄妹、警察、教会、恋愛感情など、本作は幾つもの出口なき“関係性”を描き出し、それらは時に絡み合いながら、マクドナーの巧みな采配によってブラックな笑いや悲哀へ集約されていく。「スリー・ビルボード」に比べると親密で共感しやすいのは確か。ただし観る者を決して傍観者に留め置かず、人間の生涯にまとわりつく悩みや「関係を断ち切る」という闇深いテーマに引きずり込む点では極めて痛烈な作品と言えるのかもしれない。
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