【二村ヒトシコラム】滅びゆく成人男性向け雑誌編集部描くグッドな映画「グッドバイ、バッドマガジンズ」
2023年1月20日 22:00

作家でAV監督の二村ヒトシさんが、恋愛、セックスを描く映画を読み解くコラムです。今回は、「グッドバイ、バッドマガジンズ」(横山翔一監督)をご紹介。電子出版の台頭による出版不況、東京オリンピック開催決定に伴うコンビニエンスストアからの撤去など、苦境にある成人男性向け雑誌の編集部が舞台。自分の希望とは異なる編集部に配属された主人公が、ひと癖もふた癖もあるエロ本編集者やライター、営業担当者たちに囲まれながら一人前の編集者として成長するさまと、激動の時代を生きる人々の苦悩と葛藤を描いた作品です。
「グッドバイ、バッドマガジンズ」、じつにグッドなムービーでした。昨年、東京で一週間だけ単館上映されたところ全回満席だったそうで、1月20日から順次全国の劇場で公開していく運びとなったようです。うれしい。
タイトルの「バッドマガジン」とは、成人男性向けのエッチな雑誌のことを指すのでしょう。東京オリンピックにともなう規制で大手コンビニではエロ雑誌を売ることが難しくなり、すでにインターネットでエッチなものがいくらでも見れるようになっていた影響で紙のエロ本の売り上げはすっかりバッドになってはいたのですが、ほかにもいろいろありまして、雑誌を作っていた出版社の社員たちが会社を辞めざるをえなくなっていく過程が描かれている映画です。
あなたが、がんばって仕事して生活をしていたら「その仕事は普通じゃなくて特殊だから、バッドな仕事だってみんなが言ってるから、もうやらなくていいですよ。そのかわり給料も少なくなったりゼロになったりしますけど」と突然、誰かから告げられたとしたら。それは「誰かから」じゃなくて「経営者から」の場合が多いでしょうが、つまり「世の中から」ってことですよね。まあ「警察から」って場合もありますけれど。

バッドな仕事というのは「世の中に害をなす、という評判を立てられてしまった仕事」「誰かの心を傷つける可能性がある仕事」だけでなく「経済的に成り立たなくなっていく仕事」「誰からも求められていない仕事」「時代に取り残された仕事」「働きすぎの仕事」「搾取されている仕事」なども含まれますから、これはエロい仕事をしている人にだけではなくさまざまな人に、大企業や自治体に勤めている人にすら起こりえる事態でしょう。
ひとつのかたちを成していたものが急激に滅びていくさまは狂騒的で面白おかしく、さみしくて悲しいものです。「グッドバイ、バッドマガジンズ」は、まさに面白さみしい傑作でした。しかし映画のテーマが「古き良きものが時の流れによって滅ぼされる」といったセンチメンタリズムだったのかというと、それは違います。この映画は男性向けエロ雑誌の編集という仕事を(あたりまえといえばあたりまえですが)美化してはいません。
主人公はエロ雑誌の編集がしたくて出版社に入った人ではないのです。サブカルチャー誌の編集がしたかったのです。ところがサブカルの商業誌というものが主人公の目の前で、まず滅亡しました。それで主人公は滅びかけのエロ雑誌に自分の意思ではなく配属され、仕事ですから毎日やるべきことをやらされ、しだいにバッドさに慣れていき、エロ雑誌を作るプロに育っていきます。

裸や性器が目の前にあったり下品な文章を考えなければいけなかったり特殊なバッドさに満ちた仕事ですが、それ以外は「普通に」ブラックな労働環境で、ヘマしたり成績が悪かったりすると普通に恫喝のパワハラをされ、同僚には普通に優秀な人も普通にまじめな人もいれば、普通にノイローゼ気味の人もいる。普通に責任感が強い人も、責任感が強すぎてだんだんおかしくなっていく悲劇的な人もいる。
女にモテる男性編集者もいます。この人物が非常に興味ぶかいです。彼は家族から「仕事、辞めれば」と言われ「もうじき辞めるよ」と答えますが、辞めません。でも意地やプライドや経済的な理由で仕事にしがみついてるわけではどうやらないらしい。彼のキャラクターにはめちゃめちゃリアリティがあると個人的に感じました。そして結果的に彼と対比される、編集の仕事を辞めて実家に戻った男性のキャラクターにもめちゃめちゃリアリティありました。
人間が仕事をするのは金を稼ぐためというより「自分を保つため」なのかもしれません。結婚したり人を愛したり不道徳でバッドなセックスをしたりするのも自分を保つためであるように。それまでしていた仕事を突然「世の中に必要ないバッドな仕事だ。明日からやらなくていいよ」と言われて自分を保てなくなる人がいるように、突然「あなたの結婚や愛やセックスは相手にとって必要なかった。グッドじゃなくてバッドだった。明日からやらなくていい」と言われて自分を保てなくなる人もいるでしょう。

カメラの前でセックスをする仕事をしてから文章を書く人になり、それがエロ本じゃない雑誌に記名で載るようになった女性の文筆家(演ずるのは実際に現役AV女優である架乃ゆらさん)も登場します。現実にそういう女性作家は何人もいて、紗倉まなさん、峰なゆかさん(文筆家としてよりマンガ家として有名ですが)、戸田真琴さん、なつかしいところでは森下くるみさんなど。以上の皆さんは、AV女優としての芸名と作家としてのペンネームに同じ名前をお使いです。芥川賞候補になった鈴木涼美さんは、AV女優としてはそんなに有名じゃなかったですがお名前を変えて文筆家デビューされてから、かつてAV女優をしていたことを世の中に知られたかたです。彼女たちほど世間的に有名じゃなくても、エロ雑誌のモノクロページの末裔であるサブカルっぽいwebサイトで、あるいはブログで、コラムやエッセイや小説を書いて読者をえているAV女優さんや風俗嬢さんはもっともっとたくさんいる。「グッドバイ、バッドマガジンズ」を観た人は、そんな現実の彼女たちを思い浮かべることもできるでしょう。
「グッドバイ、バッドマガジンズ」が僕にとってグッドな映画だったもう一つの重要ポイントは、「バッドな職業」というストーリー上のテーマと並行して走っていた「人は、なぜセックスをするのか?(したがるのか?)」という裏テーマです。裏というか、主人公が劇中でその問いをはっきりと口にします。
そもそもエロ雑誌の読者は、なぜエロ雑誌を読むのか。セックスしたいけどセックスできない人が読むのか? 禁じられたバッドなセックスを空想したい人が読むのか?

バッドマガジンが世の中から「バッドだ」と言われてしまうのは、バッドなセックスをグッドなものとして表現していることが一因です。セックスしたい人に、バッドなセックスをグッドだと教えこんでしまうことがバッドなのか。セックスで女にとってのグッドと、男にとってのグッドが矛盾することがあるのはなぜか。でも女性の中にもバッドなセックスの記事を読みたい人はいるんじゃないのか。
そもそもグッドなセックスって、どんなセックスなんだ? 世の中にとってではなく自分にとって、何がグッドなセックスなのか探求したい女性もいるでしょう。
最初はエロ雑誌に興味なかったこの映画の主人公も、女性です。彼女は編集者として、文筆家AV女優に原稿を依頼し、女同士で相談や雑談をしていくうち、セックスについての自分のスタンスを考えざるをえなくなっていきます。この映画は、人前では裸にならないし仕事でセックスはしない女と、人前で裸になってセックスすることを仕事にした女が、セックスについて対話をする物語でもあるのです。
セックスすることが仕事である人間、セックスが仕事ではないのに日常になっている人間、努力しなくてもセックスができてしまう人間にとって、もうセックスにグッドもバッドもクソもないのでしょうか。だとしたら、そのことは「グッドなセックスがしたい」と切実に思っている人をめちゃめちゃ傷つけるんじゃないか。

この映画を観た人は、2016年に亡くなった作家の雨宮まみさんを思い浮かべることもできるでしょう。「こじらせ女子」という言葉を世に広めた人です。雨宮さんも仕事で自分が脱ぐことはせず、新卒で男性向けエロ本の編集者となり、やがて自分のセックスや恋愛や結婚について自分の頭で考える文章を書くようになった女性です。主人公のキャラクター造形は雨宮さんを意識してるわけではないでしょうし(雨宮さんはエロもサブカルと同じくらい最初から好きだった人でした)主人公のようなエロ出版社の女性編集者は現実に雨宮さん以外にもたくさんおられましたが。
僕は「グッドバイ、バッドマガジンズ」を、エロいことが好きな普通の人や若いころ紙のエロ本が大好きだった人、そして雨宮さんが遺(のこ)した作品の愛読者にはもちろん観てほしいのですが(AV業界や風俗店で働いてる人・働いていた人にも。この映画と「ブギーナイツ」と「ラブレース」の3本は我々の必修科目です)、それ以上に、エロに興味がない普通の人や、エロが嫌いな人やエロは悪だと感じている人にも、エロいシーンはそれはまあ多少ありますからそこはちょっと目をつむってていただいて、ぜひ映画の全体を観ていただきたいです。
そして世の中にとって、あるいは自分自身にとって、ご自身の仕事や恋愛や生きかたはグッドなのかバッドなのか? バッドさとグッドバイすることは人間に可能なのか? といった問いに思いをはせていただきたいのです。
(C)ふくよか舎/ピークサイド
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