【二村ヒトシコラム】風変わりな女の子と父親の関係を描く「アッテンバーグ」「こちらあみ子」「じゃりン子チエ」

2022年12月13日 21:00


「アッテンバーグ」
「アッテンバーグ」

作家でAV監督の二村ヒトシさんが、恋愛、セックスを描く映画を読み解くコラムです。今回は、ヨルゴス・ランティモス製作、ギリシャの新鋭監督による「アッテンバーグ」、新藤兼人賞受賞作「こちらあみ子」(森井勇佑監督)、人気マンガを高畑勲監督がアニメ映画化した「じゃりン子チエ」の3本。いずれもちょっと風変わりな女の子と父親の関係を描いた作品です。


2010年に製作されて日本では劇場未公開だったギリシャ映画「アッテンバーグ」を観ました。

世の中の(人間の)しきたりになじむことができない娘と、彼女を置いて去らなければならない父親の物語です。娘(マリーナという名。ギリシャ語でも海という意味なんでしょうか)はもう大人ですが、セックスや恋愛のことがよくわからない。そういうものは自分には必要ない、というより「できない」のかもしれないと思っている。でも野生動物の生態のドキュメンタリー番組は大好きで子供のころからよく見ている。

人間のルールがむしろ不潔だと感じられてしまう私にも、もしかしたらテレビで見た野生動物たちが愛しあうような仕方のコミュニケーションだったら、できるのかもしれない……。そういうマリーナの「とんちんかんさ」が、とくに大事件を引き起こすでもなく、映画は父との別れに向けて淡々と進んでいきます。これには、ぐっときました。あと、マリーナには人間の友達がいます。そのことも最終的に、べつに感動的な描写やセリフにはならないのに、ぐっときました。

ギリシャの映画について僕はぜんぜん知らなくて、アティナ・ラヒル・ツァンガリ監督(女性です)も、マリーナを演じたアリアン・ラベドさんも初めて知るお名前でした。プロデューサーであり重要な役で出演もしてるヨルゴス・ランティモスさんは聞いたことあった。彼が監督をした「ロブスター」と「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」を観ていたから。

「聖なる鹿殺し」にはニコール・キッドマンさんとコリン・ファレルさんが出てます。「ロブスター」はカンヌでクィア・パルムという賞をとってて、コリン・ファレルはこっちにも出てるし「ストーリー・オブ・マイ・ワイフ」レア・セドゥさんも出てる。鹿もザリガニも、どちらも不思議でダイナミックな映画でした。きもちわるくて面白く、怖いけれどユーモアがあり、いくらなんでもそれはないだろ、でももしかしたら我々の心の中ではこういうことが起きているのかもしれないな…、と思わせてくれましたが、「アッテンバーグ」はそういう映画ではありません。性や欲望は人間にとって不思議なものだというテーマは共通してるのかもしれませんが、その不思議さの手触りがちがうのです。

ロブスター」や「聖なる鹿殺し」は、いくらなんでもそれはという出来事を描くために、異世界仕立てやサスペンス仕立てにしてあります。そういう映画なんだということが理解できれば、あとはついていける。ついてはいけるがキモいし怖い。観る人が「キモい映画だ」と受け取ってキモさやモヤモヤを楽しんだり怖がったり笑ったり解釈するために考えこんだりすることが許されている映画です。

「アッテンバーグ」
「アッテンバーグ」

アッテンバーグ」は現実的な映画です。怖くはないけれど、すこしだけ不気味です。自分の知ってる人にはいないようだが(もしかしたら聞かされていないだけで、知り合いにもこういう人いるのかもしれないけれど)ギリシャにも日本にも、どこの国にも、この父と娘はいる。そしてそれは悲劇でもない。取り返しがつかない事件もおきない。だから、この映画が描いてるモヤモヤを受け止めることは、むずかしい。まるで実際の出来事にモヤモヤするように、モヤモヤするからです。

アッテンバーグ」に出てくる風景(おそらく登場人物が見ている景色)や、登場人物の仕草・ふるまい・行動は、印象的です。美しいってわけでもグロテスクってわけでもないのに、やけに印象に残る。ひとつひとつの場面が僕は本当に忘れられません。出来事が飲みこみにくいからこそ景色が忘れられないのかもしれない。忘れられないということは、つまり、いい映画なんだと思います。

セックスや恋愛になじめない、自分はそういうことはしない(したくない)という人々を肯定的に描いた映画や小説は、「アッテンバーグ」が撮られて12年が経った現在では、そこまでビックリされるものではなくなりました。ただ現代のそういう物語には「そういう人たちも、へんな人たちではない」という正しさのメッセージがどうしても乗っかってしまうように感じます。アセクシャルやアロマンスがテーマのドラマには、恋愛やセックスをしたがる人が主人公を傷つけてしまう役割として登場したりもします。もちろん、そういう明確な正しい目的のある物語も、キャラクターが役割を負わされているわかりやすい映画も、世の中から無意識の差別がなくなっていくために必要だとは思います。

しかし「アッテンバーグ」は、そういう目的や役割すらない、観る人に感動や教訓を与えたり何かを考えさせようとすらしていない、ただ「こういう父と娘とその友人がいた」ということだけを我々に見せてくれる、とても静かでストイックな、過激な映画でした。

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「アッテンバーグ」
「アッテンバーグ」

世の中になじむことができない娘とその父の物語といえば、今年の僕の邦画ベスト1候補で、新藤兼人賞も受賞した「こちらあみ子」があります。監督は森井勇佑さん。井浦新さんと尾野真千子さんが両親、主人公あみ子を演じるのはオーディションで選ばれた大沢一菜さん。原作は芥川賞作家の今村夏子さん。

マリーナはセックスをしてみるし、オープニングには派手な曲もかかり劇中で動物の鳴き声もするけれど「アッテンバーグ」は静かな映画です。あみ子は恋はしますが子供ですからセックスはしません。でも、あみ子はとてもやかましい。わかりやすく雑にいうと、じっとしていられない子です。マリーナと同じ「へんな子」です。

こちらあみ子」は、あみ子のようにやかましい映画です。やかましいけれど静かな映画です。それは、あみ子のやかましさを誰も受け取らず、誰も彼女に対応してくれないからです(そう考えると、タイトル、すばらしいな…。泣けてくる)。「アッテンバーグ」と違って、悲劇です。

「こちらあみ子」
「こちらあみ子」

こちらあみ子」にも海が出てきますけど、あみ子の父はマリーナの父が去るような去りかたはしません。海とは反対の方向に去っていきます。ずいぶんなエンディングだと思いますが、これも現実にあることなんでしょう。でも、あみ子は強いです。観ている我々も励まされるような気も、すこしだけします。

映画は悲劇ですが、原作の小説『こちらあみ子』は「アッテンバーグ」に近い意味で悲劇ではなく、もうすこし不気味です。それは今村夏子さんの文章の、というか描写の持ち味と凄みです。そして小説の『こちらあみ子』を読んだり「アッテンバーグ」を観た我々は、あみ子やマリーナをつい不気味がってしまった自分にうろたえる、かもしれません。

映画の「こちらあみ子」は悲劇ですが明るくて、つい笑ってしまいます。それは森井監督の脚色と演出の力もありますが、あみ子を演じる大沢さんの力も大きかったのでしょう。すばらしい女優が誕生したものです。

あみ子もマリーナも日本とギリシャで、それぞれ「終わり」と「始まり」に興味をもちます。もちすぎます。そんなものに興味をもってはダメなのに。世の中のルールが死とセックスを隠そうとするのは、隠しておかないと社会で生きている人間たちがイヤな気持ちになるからですが、あみ子もマリーナもルールになじめない人なので、誰も教えてくれない「人間の始めかた」と「終わりの向こうがわ」が、どうしても気になってしまうのです。あみ子の父はそれを嫌がりますが、マリーナの父は「これが私の娘なのだ」と思っています。

「こちらあみ子」
「こちらあみ子」

へんな父と娘の物語といえばもう一本、はるき悦巳さんの原作マンガを高畑勲監督がアニメ映画化した「じゃりン子チエ」も思い出します。「じゃりン子チエ」では世の中のルールになじむことができないのは父親であって、チエは誰よりもルールを了解しているしっかり者で、あみ子とは真逆なのに、あみ子と同じくらい「けなげ」な少女でした。

原作は(僕は原作のマンガが大好きなんですが)ちびまる子ちゃんやサザエさんと同じく昭和で時間が止まっているからチエは成長しないし、もちろん父のことも捨てません。セックスもほぼない世界で、だから喜劇でした。でも、もしも現代でリアルに映画化するならヤングケアラーの悲劇として描かざるをえないんじゃないかな。

あみ子やチエのような子が我々の世の中に殺されず生き延びて大人になって、マリーナのような女性と友達になる物語が観てみたいです。

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