ワインのない国の難民たちが名ソムリエになりテイスティング選手権に「チーム・ジンバブエのソムリエたち」監督インタビュー
2022年12月17日 08:00
ジンバブエから南アフリカに逃れた難民たちが、努力とセンスでソムリエとなり、 “チーム・ジンバブエ”として世界最高峰のブラインドテイスティング大会に出場する様を追うドキュメント「チーム・ジンバブエのソムリエたち」(公開中)。ワイン版「クール・ランニング」と評される本作のワーウィック・ロス&ロバート・コー監督のインタビューが公開された。
“チーム・ジンバブエ”の、肉体には過酷でも心を豊かにするワイナリーツアーにカメラは密着。緊張高まるテイスティング選手権本番では、ソムリエたちの生の声やトラブルも遠慮なく拾いあげる。家族、そして祖国への想いを胸に秘めた新参者“チーム・ジンバブエ”の挑戦がワインの世界と、彼らの人生に奇跡を起こす。
――おふたりは「世界一美しいボルドーの秘密」(2013)で、世界のワインの中心地ボルドーを舞台に選びましたが、今回はワインの世界ではニューワールドと呼ばれる南アフリカが舞台です。数年の間にワインの流行の変化を感じられたのでしょうか?
ロス:ワイン界ではいま大きなシフトが起きています。伝統的なワインが作られてきたところから、ニュ―ワールドへ。南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランドなどなど。クオリティは高いけどリーズナブル、ボルドーの半額以下で美味しいワインを入手できることが多くのワインファンにも知れ渡ってきました。ワイン業界は長い間伝統に縛られてきました。新しいメソッドをためしてみる、というような流れがここ20~30年勢いを増しています。ニューワールドの作り手たちが、オールドワールドに行き知識を共有しているというような面白い現象もおきています。私たちが教わるだけでなく、私たちがお返しするというような逆転現象が起きているんです。お互いが切磋琢磨している感じがとてもわくわくします。そのようなことで今回はニューワールドでの撮影に臨みました。
――ジンバブエ・チームの存在を知ったのは、いつ、どんなタイミングでしたか? また彼らを題材に映画を作ってみようと思ったのは、何が決め手だったのでしょうか。
ロス:「世界一美しいボルドーの秘密」にも登場した、世界で最も影響力のあるワイン・ジャーナリストのジャンシス・ロビンソンから連絡をもらったんです。ジンバブエ出身のソムリエたちがいる、と。彼らは非常に魅力的で、将来性のある若者たちだ、と。私たちはすぐに彼らが活躍している南アフリカに飛びました。彼らに会い、すぐに撮影を決めましたね。それほどまでに彼らは魅力的だった。もちろんそこから資金集めなど紆余曲折はありましたが。
――フランス人コーチ、ドゥニ・ガレのキャラクターが、コミカルでありながら人生の悲哀も感じさせ、良い意味で映画のエンタメ度を上げていると思いました。
コー:僕らは4人のソムリエについて天からの贈り物だと思いました。存在そのものに希望があり、未来への道を感じる。でもストーリーテラーの僕たちとしては、もうひとつ何か要素がほしい。そう思ったときに登場したのがドゥニでした。コミカルな側面がありつつも、抱える葛藤、どこかその日暮らしというようなボヘミアンのような感じ、あまりにも魅力的だったので、途中で彼を追うのを自制したほどでした(笑)。一方で、離婚など悲劇的な過去も持つけれど、8歳の息子の面倒もしっかりみているという、彼の真摯さも感じました。家族と過ごしている彼の姿はとても美しい。そうしたところにはとても心を動かされました。ただカメラがあったことによって、彼は、自分がな何かしなきゃと思ったはずです。それはカメラ越しに感じました。
――本作の日本での評判のひとつに「クール・ランニング」のようだ、という感想があります。どこか意識されたことなどはありますか?
ロス:はじめはまったく意識してなかったのですが、製作途中である人に「テーマが似てる」と言われて、それ以降は少し意識しました。けれど私たちの映画の方がより深い内容だと思っています。4人の若者が踏み込んだとのない世界にチャレンジして、予測できないことを成し遂げる、という点など、構造的には似ていると思いますが、本作では難民がおかれている状況や、多様性、包括性、決然たる思い、勇気、チャレンジ精神、が大きなテーマです。それらのテーマにより、本作は深いストーリーになっている。どちらも、未経験者がチャレンジし、ある成功を手に入れ、予想もない結末をむかえる、という点では同じだと思いますが、本作はより響くものがあると信じています。
――ワインをテーマにしたドキュメンタリーは今作を含めて2本目ですね。ワインをテーマにしての映画製作の魅力はどんなところなのでしょうか?
ロス:まず私がワイン好きだということです! そして私自身がワインの生産者でもあります。ワインの世界は居心地がいいし、ワイン業界の人々の気持ちが理解できる。そして目をこらすと、そこには実に多種多様な物語があります。実はもう一本ワインについての映画を作りたいと思っているほどです。前作の「世界一美しいボルドーの秘密」は地政学的なアプローチ、今作は多様性という側面からワインの世界を撮りました。ただのワインのお勉強的な映画よりも、私にとって重要なのはストーリーの強さ、物語を動かしていくものが重要です。
コー:前作は経済や、人間の強欲さをテーマにしました。だから純然たるワインの映画とは思っていません。今回はどこかに属すること、ルーツについて、故郷についてがテーマになってます。映画製作は時間がかかるので、よっぽどの覚悟と情熱を感じないと取り掛かれません。何かを越えるようなストーリーが必要なんです。たとえワインのワの字も知らなくても、多くの人にストーリーとして響くものを撮っていきたいですね。
――これまでおふたりはどんな映画に触れてきたのでしょうか? また敬愛する映画監督はどなたですか?
ロス:世界には多くの名匠がいるけど黒澤明監督を敬愛しています。特に「羅生門」が好きですね。約30年前に東京国際映画祭で黒澤監督にお目にかかったことがあります。その出来事は私にとっては宝です。ほかにはフランシス・フォード・コッポラやマーティン・スコセッシ監督などを敬愛しています。こういう話は、一日中話していられますね(笑)。
コー:ドキュメンタリー作品が特に好きです。デビッド・モーガン、エロール・モリス監督らの作品が好きです。特にモリス監督の「フォッグ・オブ・ウォー マクナマラ元米国防長官の告白」が好きです。ほかにはベルナー・ヘルツォーク、ビム・ベンダース監督作品が好きです。ヘルツオォーク作品はドキュメンタリーとフィクションの狭間を描いている点が、唯一無二で素晴らしいと思います。僕の夢は彼のような映画を作ることです。日本映画では、是枝裕和監督の「万引き家族」は素晴らしいと思います。素晴らしい映画がたくさん作られている時代に、自分も映画製作ができることの幸せをかみしめています。
――大きな挫折があったとしても、人生は何度でもやり直せるという応援歌としても受け取れる作品ですね。日本の観客にメッセージをお願いできれば幸いです
コー:4人の姿から、何があっても最後まであきらめない、挫折しても再び立ち上がる姿を感じ取ってもらえたらうれしいです。彼らは不可能と思える困難に立ち向かい、強固な決心とやる気で困難を乗り越えた。同時にどんな困難あっても楽観主義的で希望を失うことも、ユーモアを失うことも、人生に失望することもなかった。その姿を見て、やり通す力を感じてくれたら素晴らしいですね。一方で恵まれた環境にいる人は、ジャンシス・ロビンソンのように困難に陥っている人たちを支えてくれたらと思います。
ロス:コロナなど辛い状況が続く中においても、心が軽くなり、元気になる映画です。この映画には希望があり、自然に笑顔になる要素があふれています。それを感じにぜひ映画館に足を運んでください!