【「スワンソング」評論】自分らしく生きたいと願うすべての人に捧げられた心のロードムービー
2022年8月28日 18:00

この映画のことを知って、デヴィッド・リンチ作品の常連、ハリー・ディーン・スタントン最後の主演作「ラッキー」(2017)を思い出した。90歳を過ぎた独り暮らしの男は、目覚めると煙草に火をつけ、よれよれのシャツで屈伸すると、てくてく歩いていつものダイナーに顔を出す。日々のルーティンを守り、いつ訪れてもおかしくない死に向き合っていく。倒れても減らず口は変わらない。不器用な男を周りの人々が見守る。潔くマイペースを貫く老優の姿が心に刻まれた。
“スワンソング”とは、死ぬ間際の白鳥が最も美しい声で歌うという伝説から生まれた言葉だ。
自らの老い先を見定めた男が最後の仕事に向かう。残された時間が少ないことは自分が一番よく解っている。他人からとやかく言われるのはゴメンだ。だからといって傍若無人な態度を晒すことはない。どこまでも自然に、時に誇張を交えながら、残されたかけがえのない時間を自分らしく生きるのだ。
ウド・キアーが演じる主人公は元ヘアドレッサーのパトリック・ピッツェンバーガーだ。
「ミスター・パット」(以下パット)と呼ばれた彼のヘアサロンは街で一番だった。だが、パートナーのデビッドが他界した後、店は落ちぶれた。ふたりで作り、共に暮らした家は更地になり、手許には何も残らなかった。気がつくと老人ホームでひとり。キッチンからくすねたナプキンを折り直して時をやり過ごす毎日だ。
ある日弁護士が現れ、街の名士であるリタの訃報と「死化粧をパットに頼んで」という遺言を伝える。葬儀は明後日の11時。顧客で親友でもあった彼女とは喧嘩別れしたままの彼は断ってしまう。
だが、眠れない。ベッドの下から思い出の指輪とヘアメイク道具を取り出し、ドル札をポケットに突っ込むと愛煙する煙草を手に部屋を飛び出していく。
ジャージー姿のパットは街の中心部にある葬儀場へと歩を進める。時間は残酷だ。街も自分も変えてしまった。思い出の場所では悔恨がこみ上げ、逡巡し、右往左往する。ウド・キアーが複雑に揺れるパットを繊細かつ大胆に表現し、厳選された楽曲が複雑な心象をつぶさに伝える粋な演出が効いている。
1984年、当時17歳だったトッド・スティーブンス監督は、オハイオ州のサンダスキーにある小さなゲイバーを初めて訪れた。店内のダンスフロアーでゴージャスな衣装で華麗に踊るパットを目にして、まるでボブ・フォッシーの世界から飛び出したかのような姿に魅了された。70~80年代のアメリカはゲイに対する偏見や差別意識が蔓延り、リスクだらけだったに違いない。それでも自分を偽らずに生きたパットの生涯をたどり、愛と勇気と誇りに茶目っ気をブレンドした脚本を書き上げた。
「スワンソング」は、自分らしく生きたいと願うすべての人に捧げられた心のロードムービー。伝言を受け取ってから僅か三日間、歩き続けるパットの姿にウィットに富んだ描写が重なり、得も言われぬ余情を残す。
(C)2021 Swan Song Film LLC
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