【「ブライアン・ウィルソン 約束の旅路」評論】“神のみぞ知る”心の旅路、ブライアン・ウィルソンが歩んだ道。
2022年8月14日 18:00
「ラブ&マーシー 終わらないメロディー」(2014)を観て、ザ・ビーチ・ボーイズの核であり、優れた作曲家であり、ピンク・フロイドも顔負けの音へのこだわりを持つサウンド・プロデューサーであり、心の奥底にある普遍の感情を歌にした詩人であり、才能と名誉と財産だけでなく自由意志までも奪われそうになった私人、ブライアン・ウィルソンのことを再認識した。
1962年にデビューしたグループによる新たなサウンド・ムーブメントでは英のビートルズが世界を席巻、同世代として米で人気を博したビーチ・ボーイズはその名の通り“軽く”て“軟派”なグループの筆頭としてチャートを賑わせる。その外観とは全く異なる次元にブライアン・ウィルソンの創作活動があったことを初めて知ったのだ。
ターニングポイントとなるアルバム「ペット・サウンズ」(1966)で独自のスタイルを確立、本作に多数登場する意識的なミュージシャンたちを虜にして今も聴かれ続けている名盤だ。だが早すぎた。この傑作は当時の観客には受けなかった。
その後、グループの支柱だった彼を幻聴や精神疾患が苛む。選ばれたアーティストだけが背負う苦悩や孤独、無防備な生き方につけ込まれた。でも、その実像はベールに包まれ真の姿を知る術はなかった。
「ブライアン・ウィルソン 約束の旅路」は、気難しくて軽々しく心を開くことのないブライアンに寄り添った作品だ。天才的な閃きで自分だけの音を求める。だが人生は一転、離婚、薬漬けによるグループからの離脱、悪徳医師ユージン・ランディによる9年間の洗脳へと負の連鎖が続いた。救世主となる現在の伴侶メリンダによって“再発見”されると、酒と煙草と薬を断って活動を再開、元ローリング・ストーン誌の記者ジェイソン・ファインと出会う。
“女性は苦手、何ごともシンプルに”というブライアンは、心の盟友ジェイソン・ファインが運転するポルシェに乗って自らが歩んだ軌跡を辿る。気のおけない間柄であり、ブライアンのどんなリクエストにも応じられるように用意された曲に耳を傾けながら縁の地をめぐる。デビュー当時の記憶、支配的な父との軋轢、名曲誕生の秘密、生粋のサーファーでエモーショナルに歌った次弟デニスと、「神のみぞ知る」を歌って新境地を拓いた末弟カールと過ごした日々…。
ビーチ・ボーイズからソロ家活動まで数多くのフッテージを交えながら、ふたりの旅はブライアンがセルフカバー・レコーディングするスタジオへと向かう。自らの鮮明な記憶を語る道程、それは決して約束された道ではなく、“神のみぞ知る”心の旅路だった。だからこそブライアン自身が選曲した歌と言葉が深く心に響き渡る。
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