【「ストーリー・オブ・マイ・ワイフ」評論】あまりに高価な代償を強いる、人生の残酷なレッスン

2022年8月13日 08:00


「ストーリー・オブ・マイ・ワイフ」
「ストーリー・オブ・マイ・ワイフ」

ハンガリーの作家、ミラン・フストによる原作は、ある種とても自虐的な男の物語と言える。腕に自信のある船長が、自分とはまったく相容れない世界の女性を妻にし、何度も自尊心を砕かれ、それでも彼女を愛するがゆえに耐え続ける。男性観客の目線からすれば受け入れがたい侮辱、女性の立場から見ても、なぜそこまでしてふたりは一緒にいるのか、と首を傾げたくなる。

だが、本作をたんに悲恋物語としてではなく、思い通りにならない人生のメタファーとして見ると、納得しやすいに違いない。そもそも主人公ヤコブの単純明快なキャラクターや、瞬時にふたりが結婚を決める筋立て自体、寓話的だ。イルディコー・エニェディ監督(「私の20世紀」「心と体と」)はこの原作を映画化するにあたって、7つの章だての構成にし、教訓譚のような普遍性を持たせている。

時は1920年、マルタ共和国。長い航海で体調がすぐれない船長のヤコブ(ハイス・ナバー)は、「妻をもつといい」という仲間のアドバイスを聞き、陸に戻ったとたん、カフェで「最初に入ってきた女性」に求婚する。洗練され、ミステリアスなフランス人女性リジー(レア・セドゥ)は、何やら若い男性と揉めていたようだったが、ヤコブの言葉を受け入れ、すぐにふたりの結婚生活が始まる。やがてヤコブは、妻が自分を裏切っているのではないかという疑念に取り憑かれていく。

マルタからパリ、ハンブルグと移動しながら展開するふたりの異なる世界、気持ちのすれ違いを、エニェディは緻密な照明設計、官能的な映像美、それぞれの街の個性を醸し出す美術セットを駆使して表現する一方、ひりひりするような心理的な演出においても際立たせる。

たとえば、ついに怒りを爆発させるヤコブと、それを冷ややかに受け止め、なおさら彼の気持ちを操ろうとするリジーとの対峙のシーンは秀逸だ。怒りでは人の気持ちを動かせないことを示すかのように、リジーは机上にあるインクの瓶をゆっくりと縁の方に動かし、言葉を失ったヤコブの目の前でそれをわざと床にぶちまけてみせる。

リジーに扮するセドゥの複雑な影をたたえた眼差し、一見小動物のように防御を必要とするような存在感が、この耐え難いキャラクターを「ファム・ファタル」という紋切り型から救っている。

海の男は嵐や自然の脅威は対処できても、陸の人間世界の掟はわからない。彼にとってリジーは自分ともっとも遠いものの象徴であり、その世界に足を踏み入れたが最後、無傷では戻れないのだ。

彼はリジーとついに持てなかった架空の息子に語りかけるように言う。「人生は戯れに満ちた変化の連続にすぎない。この永遠に続く連なりに身をゆだね、感謝すること。かつての私のように逆らってはならない」

人生のレッスンの代償はあまりに高価であることを、本作は残酷なほどに示している。

(佐藤久理子)

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