歌舞伎界のハイブリッドな新星・尾上右近が情熱を注いだ「弁天小僧」で新たな伝説になる!【若林ゆり 舞台.com】
2022年5月3日 17:00
歌舞伎界にいま、新たな風が吹いている。その風を巻き起こしている張本人、尾上右近(二代目)をご存じだろうか。知らない? 知らざぁ言って聞かせやしょう。清元(歌舞伎の三味線伴奏・唄を奏でる浄瑠璃の流派)の宗家に生まれた彼は、曾祖父に演劇の神と謳われた伝説的名優、六代目尾上菊五郎を持ち、母方の祖父は昭和の映画スター、鶴田浩二という逸材。歌舞伎俳優(女方も立役も)と清元(七世栄寿太夫を襲名)の二刀流のみならず、翻訳劇にミュージカル、バラエティまでこなす、ハイブリッドな若手有望株だ。
歌舞伎は見たことがないという人も、バラエティ番組で天衣無縫な彼を見たことがあるかもしれないし、大河ドラマ「青天を衝く」の孝明天皇を覚えているかもしれない。映画デビューを果たした「燃えよ剣」の松平容保役では第45回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞するなど、いま、ノリにノっている男。そんな右近が、五月の歌舞伎座で河竹黙阿弥による人気演目「弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)」の弁天小僧菊之助という大役に抜てきされたのだ。これは事件!
「決まったと聞いたときは『うぉー!』って、ベッドの上に体育座りをしながら、うれし泣きにむせびましたね(笑)。長年憧れていた人に振り向いてもらって『今夜の何時に待ち合わせね』って言われたら、超有頂天じゃないですか。で、うちに帰ったら『ヤッベ、何着よう?』ってなって、『店、どういうのが好きなんだろう?』『絶対に嫌われるわけにはいかないぞ、この一発目がめちゃくちゃ大事だぞ』みたいな葛藤が始まる。いまは、それにすごく似ています(笑)。オファーをもらったときは手放しで喜べるけど、いざ準備を始めたらいろいろ苦悩するし、やっている最中もきっと苦悩すると思う。でもとにかく楽しめなかったら相手にも好きになってもらえないから、毎日楽しくやることを目指します」
歌舞伎の門閥(大きな名跡のある本家)生まれではないケンケン少年(本名・研佑からついた右近の愛称)が「歌舞伎俳優になりたい!」と思ったのは、3歳のとき。祖母の家で曾祖父・六代目菊五郎の「春興鏡獅子」を記録映画で見たときのことだった。
「いまでも覚えているんです、西日の差す祖母の部屋で、そのとき聞いた三味線の音、白黒映像で映された六代目(菊五郎)の迫力。最初は女方で始まって、『あれ? 女なの?』と思っていたら獅子に変わって、バーッとアップになってね。そしてあの毛振り。『あれ何なの? ひとりでやってるの? どうやったらあれができるの?』『どうしてもこれがやりたい!』って、そこからすべてが始まったんです」
そして4、5歳のとき耳にして、たちまち魅せられたのが、六代目が弁天小僧を演じている「弁天娘女男白浪」の音源だった。有名な「知らざぁ言って聞かせやしょう」を含む名調子に夢中になった幼いケンケンはすべてのセリフを覚え、稽古場で大人たちに披露をしたという。
「僕は清元という音楽の家に生まれていたので、江戸弁の七五調のセリフが歌みたいに聞こえて、リズムとメロディが気持ちいいっていうのが子ども心にまず来ました。そのときは何を言っているのかなんてわからない、筋だって後からわかったし、初めて見るお客さんってこういう感じなんだろうなって思うんです。もちろん理屈はわかった方がもっと歌舞伎を好きになれていいんだけど、まずは理屈抜きで楽しめるのがこの作品なんですよ。だから僕も、お客さんにそこを魅力として感じてもらいたい。これまでの伝統がありますから、自分のやりたいようにだけでは演じられないんだけど、自分なりの自由さをものにしなくちゃ。救いは、弁天は17歳の小僧ですから、若いということが説得力になること。初演で高祖父(曾祖父母の父のこと)の五代目菊五郎(当時は十三代目市村羽左衛門)が演じたときは19歳。僕はいま29歳ですから、10年遅れをとっているんですけどね」
これは盗賊五人組を描いた芝居「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」から弁天小僧の見せ場を抽出した演目。弁天小僧はお稚児上がりの不良美少年で、女装して呉服屋に乗り込み仲間とゆすりを働こうと画策。わざと正体を見破らせた弁天が、振り袖から片肌を脱いで居直り、啖呵を切る名場面がとにかくカッコいいことで有名だ。実はこの役、右近が舞台で演じるのは初めてではない。3年前に自主公演「研の會」で挑んだ経験があるのだ。さぞかし気持ちよかっただろうと思いきや、そのときは「楽しむことができなかった」という。
「周りの先輩たちやお客さんたちをガッカリさせたくないと思ったし、『ちゃんとやんなきゃ、認められなきゃ』ってプレッシャー、窮屈さに敗北した部分はあると思うんですね。楽しむって余裕はなかった。実際、肌脱ぎひとつにしても、手ぬぐいの扱い、煙管の使い方にしてもやることが多くて、気になっちゃうことが多いんですよ。『これでいいのかな』って疑問を感じているところは、お客さんには違和感として見えてしまう。だから今回はとことん、『自分のもんだ』と思ってやります。まあやっぱり生意気な役ですから、自分のなかにもある生意気さは大事にしたい。舞台の上では生意気爆発で、そのプラスマイナスを回収するには楽屋でペコペコと腰を低くしときます!(笑)」
ゾクゾクするような“悪の華”を咲かせる弁天小僧。その内面を、右近はどうとらえているのか。
「弁天はいかにも『早く死んじゃいそう』っていう、危うい感じがしますよね。刹那を生きるその感じが、尾崎豊に通じるって僕は思うんです。『15の夜』という曲にある『やり場のない気持ちの扉破りたい』というような思いを抱え、ピカッと光ってパッと消えていっちゃいそうな。桜もそうだけど、『ああ、もう散っちゃう、その一瞬の美を見とかなきゃ』っていう心ざわめく感じ。潔くてカッコよくて、粋でワルくて勢いもあるんだけど、滅びていく者の哀愁もある。その陰影を魅力だと感じています。でも一方で、僕にしか出せない弁天の魅力と言ったら『明るさ』だとも思っている。どんどん明るくなっているから、僕は(笑)。弁天小僧は調子に乗っているし達観しているし、恐れてない。僕は『いい』じゃなくて『とんでもなくいい!』って言われたい。想像の斜め上を行く、『この令和に、新たな伝説になったな』ってくらいのものをお見せしたいんです」
とにかく歌舞伎が好きで、お客さんを楽しませたい。そんなエネルギーに満ちた右近だが、彼の特性は何でもできる、歌舞伎に限らず何でもやっちゃう、というところだろう。いい意味で、欲張りなのだ。
「何でもやりたいし、できないのが嫌なんです。僕の家系は特殊で、門閥ではない、でも音羽屋(尾上菊五郎一門)の庇護はある、血筋もある。だから部屋子さんとも御曹司とも違ってどっちつかずの、ある意味ひとりぼっち。それが僕は最高に気に入っているんですよ。どっちにも行けるから。僕の家系は代々、二足のわらじを履いていたり、バランス能力に長けていたりする人が多かった。たとえば鶴田浩二は映画俳優でほとんど初めて歌手も兼業したという人でしたし、六代目(菊五郎)だって歌舞伎以外の演劇的なことに挑戦していたし、時代物と世話物の両方できて、女方も立役も兼ねていた。それがあるから僕もトータルバランスで、いろんな分野の総合得点で1位になりたい。『何でもできるね、できないことないじゃん』って言われたいんです」
声がいい、口跡がいいのは大きな武器だが、何の訓練も受けずにミュージカル歌唱まで完璧にできてしまうのには舌を巻く。古田新太とダブル主演のミュージカル『衛生』では下ネタにまみれて悪の魅力を振りまいたし、『ジャージー・ボーイズ』では中川晃教に声のよさを買われ、トミー役に抜てきされた。コロナ禍による中止、コンサートバージョンでの上演を経て、この秋にはいよいよ東京・日生劇場でトミーに挑む。
「演出の藤田(俊太郎)さんがおっしゃっていて『おー』と思ったのは、これ『藪の中』がモチーフなんですね。『みんな言っていることが違う、どれが本当なんだ?』みたいな。僕はトミーとしてフランキーを愛しているっていうことを軸に置きながら、青春の1ページを大事にやっていきたいなと思います。あとはやっぱり、かき混ぜるってことかな。ミュージカルの人間じゃないので、『こいつ、どう出るかわかんないな』って不安にさせたり、困らせたりしたいです。ミュージカルの人たちに敬意を持って、その畑に飛び込ませてもらうということを真摯に受け止めて、失礼のないように無礼を働きたい(笑)」
右近にとっては映画「燃えよ剣」の松平容保役で高い評価を得たことも、大きな刺激になった。この撮影は3年前のことだったが、そのときは映画経験の豊富な香川照之(歌舞伎俳優・市川中車でもある)にアドバイスを仰いだという。
「僕は映画の現場にみなぎる緊張感が、なんとも言えず好きでした。それにスタッフさんたちの情熱と、職人としての矜恃が凛としていて『カッコいいな』と思うことが多くて。この人たちが『いいねえ』と言ってくれる空気をつくりたいと思っていました。映画の現場にはお客さんがいませんからね。それは香川さんから言っていただいたことでもあったんです。具体的なアドバイスは『瞬きをするな』ってことと、『自分が感動している気持ちを大事にする』ってことでしたね。『自分が感動している状態になるものを何か見つけるといいよ。たとえばケンケンのなかでおじいちゃんが映画スターだったことを心に置いて、自分がその場に立っているということを感じればいいんじゃないかな』って」
だから、心を動かす場面の準備では自分が心を動かし、万全にした。とくに容保が帝からの手紙を受け取り、感動にうち震える場面。
「その撮影の前にはいろんな人たちに『今日まで本当にありがとう。いまこの瞬間があるのはあなたのおかげです』ってLINEを送って。『ケンケン死ぬのかな』って思われたかもしれないけど(笑)、そうやって気持ちをつくっていました。『なんでこんな風に一生懸命生きてこられたんだろう』って考えたときに、僕は思ったんです。『鏡獅子』という目標があるからだって。現場へ向かうロケバスのなかでも、スマホで六代目(菊五郎)の『鏡獅子』をまた見て、『これがあるからいまの俺があるんだよな。こっからがすべての始まりだ』と改めて実感して、ヒタヒタな状態で現場に入って。監督もそれを察して『一発で撮ってみよう』ってなったときに、みんなも『おぅ!』って。『こいつが一発でやるんだったら俺たち失敗できねぇぞ』という空気がボンって来ました」
「あるスタッフさんは『この瞬間があるから映画は幸せなんだ。1作品で1回あるかないか、ない作品だってある。この空気を味わわせてくれてありがとう』って言ってくれました。思い出しただけで泣けてくる(笑)。そういう瞬間を記憶していくっていうのが映画の楽しみなんですよね。『俺はいま何の嘘もついていないぞ、この作品の中で生きているぞ』というのをカメラが記録してくれて、ずーっと残る作品になっていくという感覚が、たまらなかったですねぇ。『その尊い気持ちを歌舞伎の舞台でも毎日毎秒忘れることなく、技術を磨きながらずーっとやり続けてくれ。それができりゃあもうケンケン、鬼に金棒だよ』って、最後には香川さんに言っていただきました。その言葉は宝物です。とにかく自分にはいつか『鏡獅子』をやるっていう大きな目標がある、これは最強だと思います。それにはまず、弁天小僧で伝説をつくらなきゃ。こいつぁ、てえへんだ!」
「團菊祭五月大歌舞伎 第三部『弁天娘女男白浪』」は5月2日~27日、東京・歌舞伎座で上演される。詳しい情報は歌舞伎公式サイト(https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/755)で確認できる。
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