【「白い牛のバラッド 」評論】厳しい検閲があるイランで映画をつくる女性監督の思いにも心揺さぶられる
2022年2月19日 22:00
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壁に囲まれた殺風景な、刑務所の中の広場と思われる中央に白い牛が立ち、左側の壁際に黒い服を着た男たち、右側の壁際に黒い服を着た女たちが並ぶ。そこに人々の話し声がかぶる冒頭のシーンは、強烈な印象を与え、この映画のテーマを象徴している。
“衝撃の冤罪サスペンス”であり、「愛する人を冤罪で亡くしたら、あなたならどうしますか?」という問いが見る者に突き刺さってきて、心を揺さぶられる。しかもこの映画がイランで、女性監督によって作られたことが重要な意味を持つ。イランの厳罰的な法制度を背景に、シングルマザーのミナの姿を通して、日本と同じく死刑制度が存在する社会の不条理と人間の闇があぶり出されるのだ。
さらにイランは、女性差別的な法律や風習が残るだけでなく、映画製作についても厳しい検閲があり、ひっかかると製作や上映が禁止されてしまう。第70回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した「悪は存在せず」のモハマド・ラスロフ監督は政府から身柄を拘束され、「白い風船」などのジャファル・パナヒ監督は反体制的な作風ということで政府から映画製作20年禁止令を受けた。そんな状況下においても、本作の主演も兼ねたマリヤム・モガッダム監督(ベタシュ・サナイハと共同監督)は、他国で映画を作るのではなく、「自分たちの国の物語を語ることが大事」と思いを述べているが、自国では3回しか上映されていない。
もちろんそういった情報を事前に得ずに、シンプルにサスペンスドラマとして見てもらっても作品の重厚さは変わらない。しかし、イランという国の社会、イスラム体制の宗教的な背景、映画事情、自国での映画作りへの思いを知った上で見ると、心の揺さぶられ方が格段に違ってくるだろう。
本作は音(サウンドデザイン)が重要な要素となっている。刑務所のドアの開閉音、画面外の風の音や鳥の鳴き声、ミナが働く牛乳工場のベルトコンベアーの音など、単なる自然音や生活音ではなく、そのシーンや登場人物の心情などを表現する音へのこだわりを意識して欲しい。ミナの映画好きな愛娘がろう者の設定なのは、声を発することができない、意見を言っても聞いてもらえないイラン女性を象徴するメタファーだという。
また画面構成も特徴的である。画面内の登場人物たちが窓(四角い枠)を背景にしていたり、鉄格子やドア越しのシーンが多い。これはフレーム(画面)内にもう一つのフレームを作りだし、その枠が二人を隔てたり、閉じ込められたような効果を生んでおり、音とあわせた演出の統一性、相乗効果を感じることができる。
牛は世界では神の使いとして神聖視する地域もある。“白い牛”はヒンドゥー教のシヴァ神の乗り物とされているが、イスラム教の祭礼で牛はいけにえとして捧げられるという。ミナの夫に死刑を宣告した担当判事の葛藤も描かれるが、真実を知ったミナが最後に下した決断を、あなたはどう捉えるだろうか。
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