【「オペレーション・ミンスミート ナチを欺いた死体」評論】緻密な頭脳戦とイマジネーションが思いがけない高揚感を巻き起こす
2022年2月12日 21:00
またも英国から実に興味深いスパイ映画が流れ着いた。舞台となるのはおよそ80年前。第二次大戦の裏側で英国諜報部は、ネットワークを駆使した情報収集、分析、さらには敵に嘘の情報を信じ込ませる”欺瞞作戦”なるものを展開していた──こう書くと、少々お堅い軍事サスペンスの始まりを予感するかもしれないが、ジョン・マッデン監督とその仲間たちは一個連隊さながらの結束力と小気味よい語り口で、本作を奇想天外な史実映画に仕上げてみせる。
そもそもミンスミート作戦は、“欺瞞”を芸術的な域にまで高めた奇策中の奇策だ。当時、連合軍はナチスの手に落ちたヨーロッパを奪還すべく、最初の上陸目標をシチリアに定めていた。もしもこれが敵に知られて待ち伏せされたら激戦は免れない。そこで一計を案じ、英軍将校を装った一体の死体を海辺に漂着させ、携えた機密文書や手紙の内容から「真の上陸目標はギリシア」という嘘の情報を浸透させようとしたのである。
はてさて、この作戦の主軸となるのは、明晰な頭脳と発想力と、多少クセのある人間性を持った責任者たち(コリン・ファース、マシュー・マクファディン)。彼らは死体探しや小物選び、文面作成に腐心しながら、部下たちと一丸となって故人の架空のバックグラウンドを練り上げていく。
なるほど、ここまで来ると人間がいつ何時でも失わないイマジネーションの力がより強靭に浮かび上がってくると言うべきか。具体的なアイディアを矢継ぎ早に出し合いながらフィクションを創り上げていくスタッフの高揚ぶりに、かつてマッデンがオスカー受賞作「恋におちたシェイクスピア」(98)で描いた“舞台上演へ向かう一座の姿”がほのかに重なって見えるのは筆者だけでないはずだ。
ご存知のとおり諜報部出身で小説家へ転身した歴史上の有名人は数多い。その上、本作には序盤から世界的人気を誇るスパイ映画の原作者までもが顔を覗かせる(これも史実)。すなわち狭苦しい作戦本部には知力とイマジネーションを兼ね備えた生粋のストーリーテラーたちがいっぱい。
直球の戦争映画やスパイ映画かと思いきや、その裏をかくように観客を“イマジネーション”や“ストーリーテリング”といった奥深い要素へ誘い込んでいく趣向もまた、巨匠ジョン・マッデンらしい極めて巧みな作戦采配と言えるだろう。
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