【マヌエル・マルティン・クエンカ監督「ザ・ドーター」インタビュー】人は偉大なこともできるけれど、同時に、モンスターにも成り得るということを描きたかった
2021年11月7日 18:00
現在開催中の第34回東京国際映画祭コンペティション部門に、マヌエル・マルティン・クエンカ監督作「ザ・ドーター」が選出されている。「カニバル」が2014年に日本公開されて、その名が知られることとなったスペインの鬼才、クエンカ監督。彼の最新作「ザ・ドーター」は、「カニバル」にも似た葛藤を抱えた主人公の物語だ。収容所に入れられている少女イレーネは、指導員のハビエルに連れられて山岳地帯の一軒家に匿われる。妊娠しているイレーネの出産を手伝う代わりに、ハビエル夫妻は生まれてきた子を養子にするという条件をつけて…。大自然の中、密室劇のような心理戦にフォーカスしたサスペンススリラーだ。
マヌエル・マルティン・クエンカ監督(以下、クエンカ監督):驚きです。エンタテインメント性が高いと言われるとは(笑)。なぜなら、私はスペインではそのように一切捉えられていないから。スペインでの自分は、人があまり見たくないようなものを見せつける映画人として捉えられているんですよ。
私としては、エンタテインメント性とかそういうことは一切考えないで、社会の矛盾や問題を見せていくということがすごく大事なので、ミステリーとかサスペンスのような要素を、恋愛ものの映画であっても必ず入れてしまいます。今回は、最後に大きな爆発のようなものを持ってこようとしました。
クエンカ監督:今回の作品は、非常に原始的なものを描きました。それはふたりの女性が赤ちゃんを巡って争うということ。現代で起こりうることだけれども、同時に、2万年前に起こったとしてもおかしくないようなものだと思うんです。
クエンカ監督:作品を撮るときは、カメラワークやポジショニングは全部自分でコントロールします。そしていつも、カットをなるべく少なくするのですが、カメラのポジションは、「何かが起こっているのを見ている傍観者」と捉えています。スリラー映画にありがちな手持ちカメラや、たくさんのカット割りは人工的だし、起こっていることをモデレーションしていく感じになりますよね。長く回せば回すほど、自然といろいろなものが聞こえてきたり、観客にとって興味や好奇心が掻き立てられるはずなんです。
クエンカ監督:ある作品がきっかけです。その作品そのものはそれほど心動かされなかったんですが、本作につながる一粒の種を見出しました。それは、なかなか子どもに恵まれないカップルが、他の人の子どもを自分の子どもにしようとする、というプロットです。そこにヒントを得て脚本を書き始めました。
実は、私もパートナーと何年も子どもが欲しいと言ってきたのですが、子どもに恵まれなかったんです。だから、私自身も子どもが欲しくても授からないという痛みが分かります。そしてその痛みは、人に一線を越えさせてしまう可能性がある。そこに興味がありました。
クエンカ監督:いえいえ。私は彼らのように一線を越えているわけではないですが、感情が分かると、彼らの行動要因も分かります。「カニバル」もそうですが、“悪”はサイコパスから生まれてくるのではなくて、彼らのようなどうしようもない状況に追い込まれた人間が起こすことではないかと思うんです。人間というのは、人間的な共感や愛情など、最大の善も可能であり、それらをぶっ壊してしまう最大の悪も可能なものですよね。本作では、人は偉大なこともできるけれど、同時に、モンスターにも成り得るという矛盾を描き出したのですよ。
クエンカ監督:人は悪の名のもとに悪事を働くわけではなく、善意のもとに悪事を働く生き物です。いい例は戦争。戦争するにあたって、みんな自国や国民にとって、これはすごく良いことなのだとして行う。人が他者の意見に耳を傾けるとき、愛や共感が生まれるのですが、蛮行は独善的な考えに囚われて、人に耳を傾けないところで生まれるものです。それを考える矛盾は、非常に興味深いのではないかと思います。残念ながら、人は社会的にも個人的にも、蛮行に引っ張られる傾向があると思いますしね。
「カニバル」の主人公は、最初はずっと自分の考えに囚われているけど、ある日突然、他の人に耳を傾け始めます。今回の『ザ・ドーター』はその逆で、あの夫婦はずっと人に耳を傾けてきたけれど、それが突然、自分たちのことに耳を傾け始めているのです。
クエンカ監督:私は、映画の中で殺人の様子を露骨に見せるなど、映像的トリックは好きではありません。むしろ、音によってどこにカメラを置くかなど、音に重点を置いている部分があります。音というのは、映像よりも大きなイメージをもたらすもの。そのもの自体を見せないことで、観ている人がより想像力を掻き立てられます。
想像力を使うと、逆に現実味を増し、強い破壊力を持っていくものですよね。だから、実態を見せないことや、何千という言葉よりも音だけという方が、いろいろなものを引き起こし、現実をもたらして、リアルな記憶や感情、イマジネーションに繋がると思い、あのシーンを作りました。
クエンカ監督:出身地のアンダルシアで撮影しました。本作は、時間の経過も非常に大事なので、実際に秋、冬、春と撮影をして、イレーネの妊娠のプロセスをリアルに見せました。私にとって自然の風景はスペクタクルであり、同時にミステリアス。すごく素晴らしい部分もあれば、脅威になる部分もある。この映画の中ではあの大自然を、登場人物のひとりのように扱いました。
クエンカ監督:そこは私がすごく好きなシークエンスです。オスマンが殺されて、イレーネが地下に閉じ込められているとき、アデラがイレーネのところに行って「母親は私よ」と言った後、ハビエルが外で煙草を吸っています。そこにアデラがやってきて、ほとんど何も会話がない。とんでもない状況なのに、ふたりは何も言葉を交わさないのですね。だけど、そこでハビエルが「ここ数日のうちにたぶん雪が降る」と言う。実は小津安二郎に対してのオマージュになっています。小津さんは必ず天気に関するレファレンスをしますよね(笑)。
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
十一人の賊軍 NEW
【本音レビュー】嘘があふれる世界で、本作はただリアルを突きつける。偽物はいらない。本物を観ろ。
提供:東映
映画料金が500円になる“裏ワザ” NEW
【仰天】「2000円は高い」という、あなただけに伝授…期間限定の最強キャンペーンに急げ!
提供:KDDI
グラディエーターII 英雄を呼ぶ声 NEW
【人生最高の映画は?】彼らは即答する、「グラディエーター」だと…最新作に「今年ベスト」究極の絶賛
提供:東和ピクチャーズ
ヴェノム ザ・ラストダンス NEW
【最高の最終章だった】まさかの涙腺大決壊…すべての感情がバグり、ラストは涙で視界がぼやける
提供:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
“サイコパス”、最愛の娘とライブへ行く
ライブ会場に300人の警察!! 「シックス・センス」監督が贈る予測不能の極上スリラー!
提供:ワーナー・ブラザース映画
予告編だけでめちゃくちゃ面白そう
見たことも聞いたこともない物語! 私たちの「コレ観たかった」全部入り“新傑作”誕生か!?
提供:ワーナー・ブラザース映画
八犬伝
【90%の観客が「想像超えた面白さ」と回答】「ゴジラ-1.0」監督も心酔した“前代未聞”の渾身作
提供:キノフィルムズ
追加料金ナシで映画館を極上にする方法、こっそり教えます
【利用すると「こんなすごいの!?」と絶句】案件とか関係なしに、シンプルにめちゃ良いのでオススメ
提供:TOHOシネマズ
ジョーカー フォリ・ア・ドゥ
【ネタバレ解説・考察】“賛否両論の衝撃作”を100倍味わう徹底攻略ガイド あのシーンの意味は?
提供:ワーナー・ブラザース映画
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
死刑囚の告発をもとに、雑誌ジャーナリストが未解決の殺人事件を暴いていく過程をつづったベストセラーノンフィクション「凶悪 ある死刑囚の告発」(新潮45編集部編)を映画化。取材のため東京拘置所でヤクザの死刑囚・須藤と面会した雑誌ジャーナリストの藤井は、須藤が死刑判決を受けた事件のほかに、3つの殺人に関与しており、そのすべてに「先生」と呼ばれる首謀者がいるという告白を受ける。須藤は「先生」がのうのうと生きていることが許せず、藤井に「先生」の存在を記事にして世に暴くよう依頼。藤井が調査を進めると、やがて恐るべき凶悪事件の真相が明らかになっていく。ジャーナリストとしての使命感と狂気の間で揺れ動く藤井役を山田孝之、死刑囚・須藤をピエール瀧が演じ、「先生」役でリリー・フランキーが初の悪役に挑む。故・若松孝二監督に師事した白石和彌がメガホンをとった。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
ハングルを作り出したことで知られる世宗大王と、彼に仕えた科学者チョン・ヨンシルの身分を超えた熱い絆を描いた韓国の歴史ロマン。「ベルリンファイル」のハン・ソッキュが世宗大王、「悪いやつら」のチェ・ミンシクがチャン・ヨンシルを演じ、2人にとっては「シュリ」以来20年ぶりの共演作となった。朝鮮王朝が明国の影響下にあった時代。第4代王・世宗は、奴婢の身分ながら科学者として才能にあふれたチャン・ヨンシルを武官に任命し、ヨンシルは、豊富な科学知識と高い技術力で水時計や天体観測機器を次々と発明し、庶民の生活に大いに貢献する。また、朝鮮の自立を成し遂げたい世宗は、朝鮮独自の文字であるハングルを作ろうと考えていた。2人は身分の差を超え、特別な絆を結んでいくが、朝鮮の独立を許さない明からの攻撃を恐れた臣下たちは、秘密裏に2人を引き離そうとする。監督は「四月の雪」「ラスト・プリンセス 大韓帝国最後の皇女」のホ・ジノ。