野良犬の視点から、ソ連の宇宙開発計画と宇宙犬ライカを描き出す「犬は歌わない」監督インタビュー

2021年6月12日 10:00


エルザ・クレムザー(左)監督とレビン・ペーター監督
エルザ・クレムザー(左)監督とレビン・ペーター監督

宇宙犬として有名なライカをモチーフに、ソ連の宇宙開発計画のアーカイブと地上の犬目線で撮影された映像によって宇宙開発、エゴ、理不尽な暴力など犬を取り巻く人間社会を描き出すドキュメンタリー「犬は歌わない」が公開された。独創的な視点で野良犬という被写体を用いて本作を完成させたエルザ・クレムザーレビン・ペーター両監督が作品を語った。

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――ライカをモチーフにし、野良犬とアーカイブを交差させた理由は?

エルザ・クレムザー、以下E) 当初、私たちはライカのことを考えていませんでした。あるのは“野良犬”のイメージだけ。私たちはまず犬たちの群れを撮影したかったのです。

しかし、リサーチの途中であの有名な伝説のライカが、実はモスクワの街からやってきたことを知り、そこから彼女も交えた物語を描きたいと考え直しました。具体的には、野良犬たちからの回答を引き出すことがあります。資料や古い新聞を見つけたとき、ふと、ライカは人間を楽しませるための娯楽の一種で、人間の物語の中で「宇宙進出」を説明するために選ばれたものだと気付きました。

人間は自分たちだけではこの任務の崇高さを説明できないので、世界へ伝えるためのシンボルとして“ライカ”を作り上げたのです。昔の新聞を読むと、ライカの色が大きくクローズアップされています。当時の印刷物はすべて白黒で、ライカの模様も白黒だったのです。そうすることで、より多くの人がライカを“象徴的”に見ることができ、面白みが増し、プロパガンダの伝播が早まるのです。今のモスクワの野良犬たちにも“ライカらしさ”が残っていると思います。私たちは表面上のことではなく、人間と動物の関係やマスメディアの「力」、そして街の犬の群れが現在直面している状況について注目していきました。

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――監督2人体制のメリットは? 役割分担はどのような形ですか?

(E) 私たちは学校で出会い、10年来の知り合いです。本作は私たちが初めて一緒に監督した作品です。お互いのことをよく知っているので、一緒に仕事をするのは自然なことでした。アイデアをまとめて、どれが良いかを議論します。その中でより具体的なストーリーが見えてきます。

レビン・ペーター、以下L) カバーし合える関係が良いと思います。エルザが人に頼みごとをするのが恥ずかしいと感じるときは、私が頼みごとをします。また、エルサは私が気後れしている時に、同じことをしてくれます。だから私たちは明確な役割分担はしていません。私は彼女のサポートを受け、彼女は私のサポートを受けています。しかし他のスタッフは撮影中に2つの異なる意見が出てくるので、本当に苦労したと思います。

――どのように犬目線の撮影を行ったのですか?

(L) この手法を作り上げるのに多くの時間を費やしました。犬の目線で撮影しつつ、バランスを取るのはとても難しいことです。私たちのチームは、犬の視点から見た同じ高さにカメラを置くことができるバックパックを撮影中は常に背負っていました。撮影自体は苦労の甲斐あって成功したと思います。犬が出てくる長編映画を見ると、犬が撮影に集中しているように見えますよね。彼らがカメラを意識して振る舞っているように思えますよね。私たちとしては、犬がカメラに集中しないことをずっと願っていました。

(E) 実際のところカメラ以前に私たちを気にすることもあまりありませんでした。しかし物音などで彼らの目がちょっと動いただけでも、映像全体の雰囲気が崩れてしまうことがありました。小さなことでも映画全体を乱してしまう可能性があるので、編集ではその点も注意しました。

(L) それから、感情。私たちは彼らを“アクター”と呼んでいます。彼らはドキュメンタリーの主人公というよりも役者なのです。私たちは、犬たちの準備が整うその瞬間まで、舞台を用意し、前もってすべてを準備します。犬たちは、映画の中でとても自信に満ちています。まるで彼らがストリートの王様であり、ヒーローであるかのように……そしてこれは私たちにとって非常に重要なことです。

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――作中でチンパンジーのシーンがあります。これはアメリカの猿による宇宙実験を意識しているのでしょうか?

(L) もちろん、そうです。ロシアは野良犬でしたし、アメリカでは最初の「宇宙動物」に猿を、特にチンパンジーを使いました。また、チンパンジーがメディアのための動物だったということです。メディアとは、思想や娯楽を表現するための作品のようなものだと思います。というのも、アメリカのサルやロシアの犬の資料を見ていて、とても面白かったんです。すべてエンターテインメントとして作られたものです。YouTubeで見ている資料や私たちの映画に出てくるいくつかのアーカイブは「科学的な記録映像」とは違い、古典的な映画のルールである「ヒロイズム」に焦点を当てています。見た目、振る舞い、美しさ、表現……そして、特にヒロイックであること。これがチンパンジーと犬を一緒に劇中に登場させた理由です。

(E)当時、アメリカはすでにチンパンジーの実験をしていましたが、ソ連は宇宙開発当初にはどの動物かを決めていなかったという噂も聞きました。宇宙開発の担当者がモスクワで最も有名なサーカスに行き、様々な動物が演じるショーを見ました。ショーの後、彼らは舞台裏でどの動物が宇宙計画に適しているかを調教師に尋ねました。調教師は「チンパンジーは神経質でいつも過剰反応するからやめたほうがいい、代わりに街で見かけた犬を連れて行った方がいい」と言いました。最終的に野良犬が連れて来られた理由の一つです。

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――アーカイブ調査にはどのくらいの時間がかかりましたか?

(E)アーカイブの素材が揃うまで3年かかりました。最初は、どこにあるのか探すのに苦労しました。まず、古いフィルムのアーカイブです。しかし、そこまで重要なものはありませんでした。次に当時ライカや他の犬たちと仕事をしていた5人に会って、彼らの撮影していたものを探しました。このフィルムは単なるプロパガンダ資料ではなく、より科学的で、機密性があるようなものでした。私たちはこのような未公開フィルムを探し始めました。ロシアでは、宇宙飛行士の宇宙滞在前後の身体状況を示す調査を行っていて、ライカの実験に携わった人たちが残したフィルムを見つけることができました。

その機関に問い合わせましたが、フィルムは適切に保管されておらず、ほとんどがボロボロになっていました。そして私たちや映画に資料を提供してくれるよう説得するのもとても難しかったです。彼らは抗議活動や動物愛護活動を恐れていました。しかし私たちの映画が彼らを非難するものではないこと、資料をどうしても保存したいということを理解するとすぐに提供してくれました。おそらく資料は何年か後に破棄されてしまう可能性を感じたので、すべてコピーしました。作中でも使用しましたが、同時にこの資料を未来のために保存したいと思っています。

――最後に日本の観客へメッセージをお願いします。

私たちは、日本の観客がこの映画にどのような反応を示すのか、非常に興味があります。映画を楽しんだ後に何かに気付き、良い意味でのショックを受けてくれることを願っています。

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