被害総額は5億ドル「ガードナー美術館盗難事件」 ドキュメンタリー監督が大胆不敵な犯行を語る
2021年4月24日 12:00
Netflixで配信中のドキュメンタリーシリーズ「ガードナー美術館盗難事件 消えた5億ドルの至宝」(全4話)が好評を博している。同作で描かれるのは、1990年に警官を装った2人の男が、ボストンにあるイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館に侵入し、5億ドルに相当する美術品13点を盗み出した事件。監督を務めたコリン・バーニクルが、大胆不敵な犯行について語ってくれた。(取材・文/細木信宏 Nobuhiro Hosoki)
まずは、バーニクル監督が、この大事件について興味を持った経緯から尋ねてみた。「僕と(製作総指揮の)兄・ニックはボストン出身で、美術館から10マイル離れた場所に住んでいた。我々は成長期にこの事件を聞いていため、常にこの事件に興味を持ってた」と明かし、15年から本作の製作をスタートさせたそうだ。
事件当日、イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館を警備していた者として名前が挙がるのが、リチャード・アバスだ。事件が起きた前年の大晦日、同美術館に友人を招き入れたり、泥酔して仕事場に来ることが何度かあった人物――なぜ経営陣は、彼を解雇しなかったのだろうか。
「単純な答えだが、美術館は(そんな彼の行動を)知らなかった。リチャードの大晦日のことも、警察が捜査を開始してから数週間後まで知らなかった。そしてその時点では、もうリチャードは既に辞任届を提出していたんだ」と語るバーニクル監督。美術館の経営陣は、警備員をよくチェックしていなかったのだ。さらに、警備員の半数はアート系のタイプの若者、もう半分は長いこと街に住む引退した老人。そのため、アバスは他の警備員からとがめられることがなかったそうだ。
FBIが犯罪現場に到着する前、ボストン警察の初動捜査が行われていた。劇中では、この捜査の是非が分析されていく。果たして、ボストン警察は過ちをおかしていたのだろうか。バーニクル監督は自らの見解を語ってくれた。
バーニクル監督「僕自身は間違った決断をしていないと思う。ボストン警察は、強盗犯罪の電話を受けて、午前8時過ぎに到着。まず最初にやった仕事は、警備員を探すことだった。その時点では、警備員が生きているのか、亡くなっているのかもわからなかったからだ。その後、ボストン警察は犬を連れて美術館を見回りながら、地下で発見した警備員に質問したり、警報器が鳴った際のプリント記録を確認した。彼らのメモを見ると、(共犯者という可能性も考えて)リチャードに焦点を合わせていたことがわかる。彼らは、犯罪現場がFBIによって引き継がれる午前9時過ぎまで、そのような行動をとっていた」
バーニクル監督「おそらくボストン警察は他の犯罪事件に比べ、(美術品強盗事件を)それほど真剣に受け止めていなかったのかもしれない。なぜなら、事件が起きた1990年は、ボストンの歴史の中でも最も殺人が多かった頃だからだ。当時、現場にいたボストン警察は、麻薬犯罪や生死に関わる銃の犯罪には慣れていた。おそらく美術品の盗難に関しては“最も重要な電話”としては受け止めずに出動していたのかもしれない」
2人組の犯人が美術館に滞在した時間は81分。常識では考えられない犯行時間だ。だが、当時のボストンのマフィアは、悪名高きジェームズ・バルジャーのように、80年代後半から90年代初頭にかけて警察に影響を持っていたケースがある。もし、マフィアが警察を買収していたら……この異例の滞在時間も説明がつくのではないだろうか。
バーニクル監督「当時、確かにボストンの犯罪組織と警察には汚職の関係があった。ただ、犯罪者たちが81分もいたという点は、彼らが(警察との繋がりで)リラックスしていたわけではなく、ある意味、閉じ込められていたからだと思う。犯罪者たちは、警察無線やスキャナーを持っていたようで、その地域の警察の活動を監視していた可能性があった。さらに、現場付近では、学生たちのパーティーが行われ、道にも繰り出していたんだ。そのため、確信が持てるまで美術館を出られなかったんだとも思う。それに盗んだ絵画のサイズにも問題があった。絵画は、巻物のように巻いての盗むことができない(=巻いた際に絵画の顔料が剥がれれば、価値が落ちるため)。それに小さな車で来ていたんだ。盗んだものには、大きな絵画があった。彼らは逃走する前に別の大きな車を用意して、大きな絵画を運び出していた――だから、そんなに時間がかかったのかもしれない」
当時のFBIには美術品盗難の専門チームはなく、徹底的なDNA調査を行う法医学のシステムも確立されてなかった。もし、FBIが今日の技術を使用できていたとすれば、大きな新事実に繋がる証拠を見つけ出せたのだろうか。
バーニクル監督「できるね。犯罪者たちが、警備員を拘束するために使ったガムテープから指紋を検出できたと思う。しかし、今では、そのガムテープさえなくなってしまった。(絵画が盗まれたことで)カラになった額縁をラボに戻し、指紋やDNAをテストすることもできたが、そうしないということを選択していた(現在、同美術館にはカラの額縁が飾られている)。実は、犯行現場は日曜日に発見されたもので、翌週の火曜日には運営を再開していたんだ。6万平方フィート(=5574平方メートル)の犯罪現場を調査をするのに、わずか48時間しかなかったわけだ。それは、たくさんの時間とは言えないね」
美術館から盗まれたのは、フェルメールの「合奏」、レンブラントが描いた唯一の海洋絵画「ガラリアの海の嵐」、マネの「トルトニ亭にて」を含む13点。そのなかには古代中国の青銅器なども含まれているのだが、犯行現場にはそれ以上の価値を有する美術品が残されていた。これは、FBIや警察を混乱させるトリックだったのだろうか。
バーニクル監督「いいや、それは違うと思う。要因として考えられるのは、事件の1年前に起こった出来事だ。通りを挟んで向かいにあるボストン美術館から、同様の骨董品が盗まれていたんだ。その事件を報じる記事には、骨董品の価値が記されていた。だから、犯罪者たちはガードナー美術館に所蔵しているあるものも、同等の価値があると判断したんだと思う。それに、サイズを基にして、盗む美術品を選んでいたと思うんだ。犯罪者たちは、一度はレンブラントの『自画像』を外していた。でも、車に置くスペースがなかったんだろう。そのまま犯行現場に放置されていたからね」
盗まれた絵画は、あまりにも有名過ぎる。公共の場では売れないばかりか、闇市場でも盗まれた絵画を購入する人はいない。絵画は海外へ渡ったのか。それとも、倉庫やトレイラーなどで、今も眠っているのだろうか――バーニクル監督は、驚きの可能性を示してみせた。
バーニクル監督「僕は、過去に盗まれた美術品の一部が、闇市場で売られそうになったことを知っている。フランスの画家クロード・モネが描いた『印象・日の出』だ。フランス南部で盗まれ、80年代後半に日本で売りに出された。その後、すぐにコルシカ島で発見されたという興味深い事例だ。ただ、ガードナー美術館の作品に関しては、盗まれたもの大半がアメリカに留まっていると思う。とは言うものの、いくつかの美術品は、モントリオール、コロンビア、あるいはアイルランドなどのルートに行っているかもしれない。そこでは、美術品が大きな麻薬取引に利用されている可能性があるんだ」
最後に、本作に込めた思いについて、胸の内を明かしてもらった。
バーニクル監督「僕は視聴者に美術をさらすだけでなく、“美術品の盗難”にも光を当てたかった。それは、あまり映画では描かれている方法ではない。これらの犯罪を犯した人々は暴力的であり、他の暴力的な行為を続けるために、(売りさばく目的で)美術品を利用することがある。最終的には、誰かが盗まれた作品を発見して、ガードナー美術館に返却することを望んでいる」
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