【「アンモナイトの目覚め」評論】息を殺して見守らずにはいられない、2大女優が紡ぐ足枷から解き放たれた絆
2021年4月11日 10:30

これまでありそうでなかった、シアーシャ・ローナンとケイト・ウィンスレットという演技派女優の共演。それが予想を超える形でもたらされた本作は、2つの魂の触れ合いが、心の奥に秘められた激しい感情を目覚めさせる、鮮烈な恋愛譚だ。まるでミレーの写実画を彷彿とさせるような寂寥とした色彩、寒々とした光のなかで、動のシアーシャと静のケイトの見事なコンビが奏でる繊細な心の旅路は、息を殺して見守らずにはいられない。
1840年代のイギリスの海辺の町。かつて13歳で貴重な化石を発掘した古生物学者メアリー・アニングは、いまや老いた母とふたりで暮らしながら、観光客にアンモナイトを売りさばいて生活を凌いでいる。労働者階級で、なおかつ女性であるメアリーの名前は、歴史的な発掘にも拘らずそそくさと消されてしまっていた。
そんな彼女のもとに、旅に出る夫によって強引に預けられることになったシャーロットがやってくる。恵まれた階級にありながら、流産の痛手を負った彼女の憮然とした様子に、メアリーも冷たい態度で接するが、シャーロットが高熱で倒れたことがきっかけで変化が訪れる。
監督のフランシス・リーは、自伝的なカラーの濃い前作「ゴッズ・オウン・カントリー」でも同性の恋愛を扱っていたが、本作ではメアリー・アニングという実在の、しかしあまり記録のない人物をモデルにしながら、自由に想像を膨らませている。
実際19世紀の封建的な英国社会で、階級は違えど女性であるがゆえの足枷を負った者同士が、強い共感をもとに結ばれて行くさまには説得力がある。メアリーにとってはその特別な絆が、長年固く閉ざされた心の扉を開けるきっかけとなるのだ。「お休みのキス」が、やがて激しい抱擁に変わるとき、ふたりはどんな束縛からも解放され、自由な性の喜びを享受する。
もっとも、社会に裏切られ、人との絆を絶ってきた者の生き方は、そう簡単に変わるものではない。化石はメアリーを裏切らないし、失望させることもない。だが生きた人間の関係はどうだろう。それは予測不可能で刺激的でありながら、コントロールのできない危険なものでもある。その逡巡のなかで揺らぐメアリーの姿はせつなく、かたやそんな彼女に氷をも溶かすような純粋な情熱でぶつかるシャーロットは、健気で眩しい。
ときに荒々しく、ときに穏やかに響く波の音に導かれるように、心のなかが感情の満ち潮で一杯になる。
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