【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「僕が跳びはねる理由」
2021年3月24日 14:00
自閉スペクトラム症(ASD)の作家、東田直樹さんが13歳の時に執筆したベストセラー「自閉症の僕が跳びはねる理由」がイギリスでドキュメンタリー映画となった。ASDの人には世界がどう見えているのか?を、世界各地の5人の少年少女とその家族たちの日々によって描き出している。
ASDは、自閉症は他人とのコミュニケーションや社会との関わりがうまくできない。突然大きな声を上げたり、人と話をしている途中で立ち上がってどこかに行ってしまったりというのはASDの特徴のひとつとして挙げられるが、理由を知らない人には、「異常な行動をとる変わった人」にしか見えないだろう。
わたしは東田さんの別の本の巻末解説を書いたこともあり、彼の本は何冊も読んだ。彼の本の素晴らしさは、「ASDはなぜそう行動するのか」ということがふわっとした情緒ではなく、明快な論理を持って書かれていることだ。
たとえばASDの人が、自動車にひかれそうになるなどのぞっとする体験をした場合、その瞬間は意外と平然としているのだという。彼は「跳びはねる思考」(イースト・プレス)という著書で、こう書いている。
「何かが起きて、周りの人が大騒ぎするまでが、ひとつの場面となって、記憶にインプットされるのを待っているかのように、じっとしていることもあります」
その体験は、怖かったという感情とセットにされて思い出の引き出しにしまわれ、それが後日、ふとしたはずみで引き出しから飛び出し、いま目の前でリアルタイムに起きているかのように頭の中で再現される。そういうときに、思わず声を上げてしまうのだという。ASDの人が、何も起きていないのに突然声を出してしまうのは、こういうフラッシュバックによる場合もあるということなのだ。
東田さんは、先ほどの本でコミュニケーションについてこう書いている。
「僕には、人が見えていないのです。人も風景の一部となって、僕の目に飛び込んでくるからです。山も木も建物も鳥も、全てのものが一斉に、僕に話しかけてくる感じなのです。それら全てを相手にすることは、もちろんできませんから、その時、一番関心のあるものに心を動かされます。引き寄せられるように、僕とそのものとの対話が始まるのです。それは、言葉による会話ではありませんが、存在同士が重なり合うような融合する快感です」
ASDのコミュニケーションは、「健常者より劣っている」のではない。健常者のコミュニケーション回路とは別の回路を使用しているということなのだ。そういう感覚は、たとえば狩猟採集時代の山の民が持っていた回路と近いのかもしれないし、わたし個人も登山をして山中を放浪していると皮膚を通して自然に入り込むような感覚を抱くときがあり、それはASDの人の持つ回路をかすめているのかもしれない。
本作では、登場する5人の若者が世界をどう見ているのかということを、映像を通して表出させている。それでASDを理解できるようになったと思うのは傲慢だが、しかし彼らの持つ「回路」の一端に触れることができる。そしてその回路は、とても美しい。その美しさに触れるだけでも、本作を観る大きな価値だとわたしは思う。
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