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【国立映画アーカイブコラム】個人映画という遺産――荻野茂二コレクションの衝撃

2021年3月20日 09:00

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荻野茂二が使っていた、9.5ミリのボビン(リール)と16ミリのフィルム缶
荻野茂二が使っていた、9.5ミリのボビン(リール)と16ミリのフィルム缶

映画館、DVD・BD、そしてインターネットを通じて、私たちは新作だけでなく昔の映画も手軽に楽しめるようになりました。 それは、その映画が今も「残されている」からだと考えたことはありますか? 誰かが適切な方法で残さなければ、現代の映画も10年、20年後には見られなくなるかもしれないのです。国立映画アーカイブは、「映画を残す、映画を活かす。」を信条として、日々さまざまな側面からその課題に取り組んでいます。広報担当が、職員の“生”の声を通して、国立映画アーカイブの仕事の内側をご案内します。ようこそ、めくるめく「フィルムアーカイブ」の世界へ!


これまで2回にわたり、「忠次旅日記」(1927年)や「日本南極探檢」を例に挙げながら、映画の発掘について紹介しました。“網羅的”な収集を掲げるフィルムアーカイブが発掘するのは、映画史の主流を占める劇場用の映画やプロの製作者の手による作品だけではありません。今回のコラムは、個人映画と呼ばれる分野の発掘と、その収集・保存に着目します。

映画の歴史は1895年から始まるものの、日本で映画を生業としない個人にも映画制作が容易になったのは、16ミリや9.5ミリといった小型規格のフィルムが普及した1920年代になってからのことでした。こうした、35ミリよりも幅の狭いフィルムは、「小型映画」と呼ばれます。小型映画は、たくさんの人に今で言う“個人映画作家”への道を開きました。日本でそのパイオニアとなったのが、1928年から50年以上にわたって小型映画の製作をつづけた荻野茂二(1899~1991)です。

1992年。フィルムセンターは荻野茂二のご子息から前年に亡くなった父の映画を引き取ってほしいという連絡を受けます。電話に出たのは、客員研究員(当時は研究員)の佐崎順昭さんです。

「私はフィルムセンターに入った当初、記録映画のカタロギングもやっていたので、荻野さんの『寒天』を見ていました。普通の文化映画とは違ったデザイン感覚のおしゃれな作品だったので、荻野茂二という名前が記憶に残っていて。たまたま私が知っていたのは本当にご縁というか、偶然のめぐりあわせなんです。それで巣鴨のお宅に行きました」と当時を思い返します。

「寒天」(1937年)は当館がそれまで所蔵していた唯一の荻野作品で、これは「さくら映画協会主催十六ミリ映画第一回国際コンテスト」でいくつかの賞を受賞し、後に販売されたフィルムが当館に収蔵されていたのでした。

荻野直筆の9.5ミリ映画の作品リスト
荻野直筆の9.5ミリ映画の作品リスト

小型映画の世界では、愛好家たちの交流や世界各地でのコンクールが活発に行われており、当時の資料を探れば、荻野が受けていた評価や、作品の輪郭をたどることができます。しかし、「実際に作品を見なければわからないという、当然すぎる事実を今回再認識することになった」と、佐崎さんは「新収蔵作品研究 小型映画作家・荻野茂二作品について」(「現代の眼」454号、1992年)の中で明かしています。

荻野家から寄贈されたフィルムは476本にものぼりました。それぞれ内容を調査してリストを作らなければならないものの、荻野作品はフィルムの規格が9.5ミリ、16ミリ、8ミリとばらばらで、映像の確認には手回しのリワインダーや編集機、映写機などそれぞれの機材が必要でした。特に、9.5ミリの作品は、育映社の今田長一さんにパテーY型映写機を改良していただくことで初めて調査が可能となりました。

パテーY型映写機
パテーY型映写機

量が膨大だったため、フィルムの検査には長い時間がかかりました。また、個人映画の場合は、劇映画と違って作品タイトルやスタッフクレジットが表示されないこともあり、作品タイトルがわからないケースや、製作途中なのか完成した状態なのか判断が難しいケースもあるため、カタロギングは容易ではありません。荻野作品も例外ではなく、作品タイトルが不明な場合はフィルムを収納した箱やリールに書かれたメモ、撮影対象などから仮のタイトルを決めました。そうして、フィルムに関する情報全般から、作品内容、撮影時期・ロケーションなどを網羅したデータ入力が終わったのは2000年のこと。それでも、これはあくまで作業用の入力で、当館のコレクションを一元管理するオンラインデータベース「NFAD(当時はNFCD)」への登録まではその時点では完了できていませんでした。

個人映画は、撮影フィルムがそのまま上映用のプリントとなる方法で現像することが多く、それゆえに、フィルムが世の中に一点しか存在しないケースが珍しくありません。唯一のフィルムを傷めず字幕情報の採集など詳細な作品の調査をするべく、当館は2005年にテレシネ作業(フィルムの映像をビデオに変換する作業)を実施。ようやく、NFAD登録への最後の一歩が進められることになりました。

テレシネを終えてVHSやDVDで作品を都度止めながら、画面に映る全ての字幕を書き写していく地道な作業。荻野コレクションでは、二人の職員が全作品の字幕採集を担当しました。そのうちの一人、事務補佐員の宮澤愛さんにお話を聞いてみました。

「字幕採集は基本的に全ての作品でやっています。インタータイトル(本編中に差しはさまれる、登場人物の台詞や状況説明などを示す中間字幕)や、グラフの説明書き、場所の特定に結びつくような看板、表札などを採集して、あらゆる文字情報を全てNFADに登録します。データベース上の検索にも役立ちますし、作品を全部見なくても内容を知ることができるので便利です。映像を気になった箇所で止める、また巻き戻して、ということができたので、細部まで観察できて、詳しい内容が把握できました」

NFADの「内容」欄には字幕が全て登録されている(荻野作品「百年後の或る日」 より)
NFADの「内容」欄には字幕が全て登録されている(荻野作品「百年後の或る日」 より)

NFADへの情報登録が完了したのは2008年。2014年には、当時客員研究員だった浅利浩之さんが「荻野茂二寄贈フィルム目録」を「東京国立近代美術館 研究紀要」第18号に発表し、長い年月のかかった荻野作品のカタロギングの成果をまとめました。

最初に荻野作品に触れたときの衝撃を、佐崎さんは次のように話します。

「小型映画の世界が戦前に充実していたということを、私はそれまでほとんど知らなかった。機材も高かったし、旅行を撮ったり子どもを写したりっていうだけのお金持ちの道楽で、作家性なんてないんじゃないのかって思っていたんです。ただ、荻野さんの作品を目にすると、いやいや、とんでもないと。今はそんなこと当たり前だけど、当時はそれが初めてわかったわけで、その驚きが一番強かったです」

荻野の作品は、記録映画、PR映画、アニメーション映画、実験映画と多岐にわたります。初期からさまざまなコンクールに入選しており、とりわけアニメーション映画は高い評価を受けていました。「AN EXPRESSION(表現)」(1935年)、「PROPAGATE(開花)」(1935年)はブダペストの国際アマチュア映画コンテストで一等、「RHYTHM(リズム)」(1934年)は二等を獲得しており、その評価が広く国外にまで及んでいたことがわかります。ただ、その革新性は作品を実際に見ることで初めて明らかとなります。

荻野に贈られた賞状とメダル
荻野に贈られた賞状とメダル

受賞した3作品は、男女の出会いや植物の生長、光と影の戯れといった題材を変幻自在な幾何学模様で自由に描いており、特に、「AN EXPRESSION(表現)」(1935年)は、キネマカラーの方式(赤と緑のフィルターで交互に撮影した白黒フィルムを、通常の2倍の速度で映写して色彩を生み出す映像技術)を、フィルターの代わりに1コマずつフィルムを着色して作り上げた驚嘆すべき作品でした。

「AN EXPRESSION(表現)」の現出された色彩
「AN EXPRESSION(表現)」の現出された色彩

また、都電の軌道敷設の過程を記録した「電車が軌道を走る迄」(1929年)、浅草の街や松坂屋上野店を観光する家族を描いた「母を迎へて」(1931年)など、当時の東京の街を生き生きと捉えた作品も多数手がけ、さらに、東京を飛び出して日本各地を訪れては旅先でもカメラを回してきました。そこには今は失われた風景がたくさん残されており、地域史や民衆史にとっても貴重な映像資料・歴史資料となっています。

東京日々新聞主催の「生きた広告映画」に応募されたPR映画「母を迎へて」
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劇場で一般公開される映画とは着眼点の異なる、個人映画ならではの豊かな世界をしっかりと今に届けるため、当館は次のステップとして、活用に向けた作業に取りかかりました。荻野作品はどれも素材が唯一であることから、35ミリにブローアップして上映を行いました。まず、先述の「PROPAGATE(開花)」、「AN EXPRESSION(表現)」、 「RHYTHM(リズム)」を含む代表作8本のブローアップを1996年に作成。同年に開催した、日本の映画の歴史をたどる長期上映企画の第1弾「日本映画の発見I:無声映画時代」で上映し、館としても日本の映画史に荻野の作品を位置づけて再評価を試みました。上映にはご子息も来館され、非常に喜ばれていたそうです。

また、翌年にコロンビアで開かれた、第53回FIAF(国際フィルムアーカイブ連盟)年次会議では、シンポジウムのテーマに初めてアマチュア映画の保存が取り上げられ、当館からは岡島尚志館長(当時は主任研究員)がアマチュア映画作家・荻野茂二に関する発表を行い、同じ8作品を上映。世界中の参加者からとくに大きな注目を集めました。総会に参加した主任研究員の入江良郎さん(当時は研究員)はそのときの思い出をこう振り返ります。

「どのアーカイブもホームムービーや、学生映画の先駆的作品、有名な名作映画の撮影風景を写した8ミリなど、個性のあるコレクションを持ち寄っていましたが、荻野の作品は、これも参加者にとって初めて目にするアマチュア映画ながら、年代が1930年代にまで遡ることに加え、世界の実験映画運動と比べても見劣りのしない完成度の高さが際立っていました。『AN EXPRESSION(表現)』にも度肝を抜かれたようで、誰もが日本映画史の厚みを再認識したのではないかと思います」

2017年に開設したWEBサイト「日本アニメーション映画クラシックス」(https://animation.filmarchives.jp/writer04.html)では、最初にブローアップした8作品に、当時発売されたばかりの16ミリカラーフィルムを使用したカラー映画「色彩漫画の出來る迄」(1937年)を加えた9作品を公開しています。(「?」「三角のリズム」「トランプの爭」は1ファイル、計4分で公開)

当館7階の常設展でも「色彩漫画の出來る迄」をモニターで上映している
当館7階の常設展でも「色彩漫画の出來る迄」をモニターで上映している

映画の歴史の中で、個人映画は長らくその重要性をはっきり認識されず保存や収集も後回しにされていました。当館は今でこそ数々の個人映画のコレクションを保存し、公開していますが、そこには、パイオニアとしての荻野コレクションの存在が不可欠だったのです。デジタル機器を用いて誰でも気軽に映像の撮影や編集、公開ができるようになった現代は、個人映画の新時代とも言えるかもしれません。作品の「ジャンル」のみならず、フィルムの規格や性質といった「媒体」も時代の流れとともに変えながら、50年以上にわたって映画制作を続けた荻野茂二の活動をたどることは、今につながる日本の個人映画の歴史を知ることでもあると言えるでしょう。

当館は、さまざまな企画で荻野作品を上映してきた
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