【「この茫漠たる荒野で」評論】南北戦争終結後のアメリカを旅する「インフルエンサー」の物語は、現代人の心に響く
2021年3月14日 19:30

南北戦争終結からほどなく、心に傷を負った元軍人が偶然出会った孤児の少女を肉親のもとへ送り届ける旅に出るー。今から150年も前の時代を舞台にしたごくシンプルな話の中に、現代に通じるいろんな要素が詰まっているから驚きだ。
情報網が整っていない「分断されたアメリカ」で、新聞読み聞かせ屋の主人公が「自ら選択した情報」を各地に伝えながら、「言葉の通じない」少女と「心をかよわせ」ながら旅をする。こうしたワードだけ切り取っても、なぜ本作が現代人の心を打つのかが見えてくる。
個人的にグッときたのは、現代のインフルエンサーとも言える主人公が、それぞれの土地でどんな情報や物語を伝えるべきかをキュレーションし、自分の言葉に置き換えて話し聞かせるという設定だ。疫病の実態を伝えて注意を喚起することもあれば、奇跡の生還劇を希望の物語として聞かせて人々の心を揺さぶることもある。
この主人公が選択する情報、そしてストーリーテリングの手法は社会に多大な影響力をおよぼす可能性がある。だからこそ、その力をもった人間の責任は重大だ。一国の代表たる者が良識を欠いた発言をすれば、世界中が大混乱に陥ることは誰もが身にしみている。戦争に傷つき、妻を亡くし、世の中に半ば絶望した主人公だが、少女と出会ったことでこれからどんな物語を伝えていくことになるのか。その未来に思いを馳せると、茫漠たる荒野に希望の光がさすようで、思わず目頭が熱くなった。
さて最後に、この映画の邦題について。原題「News of the World(世界のニュース)」にも込められている作品のテーマが置き去りにされている感がないでもないが、何より「茫漠」という単語のチョイスがすごい。映画.comで検索しても他に出てこないので、この単語がついた映画はもしかして史上初なのでは。なるべく万人にわかりやすく届ける必要がある従来の映画宣伝からすると、この邦題はこれまでありえない選択肢だった。受け手のリテラシーを信じた画期的で大胆な邦題に拍手を贈りたい。
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