【特別対談】米津玄師と是枝裕和監督は何を語ったか…「曲を肯定してもらえた」「僕自身も前に身を乗り出せた」
2020年11月28日 17:00
是枝監督は、11月19日に公開された米津のアルバム「STRAY SHEEP」収録曲「カナリヤ」のミュージックビデオで監督を務めた。是枝監督がMVを手がけるのは約4年ぶりで、米津とは初タッグとなる。
コロナ禍で日常が激変する中で作られたアルバムの最後を飾る「カナリヤ」は、今を生きている人たちを肯定する思いの込められた一曲だ。MVの監督を依頼したきっかけは、楽曲の制作過程で米津が是枝監督の映画「誰も知らない」を観て影響を受けたことだったという。
米津「この『カナリヤ』という曲は、今のこういう状態を、ダイレクトな形で音楽に凝縮できたらなと考えて作り始めたのですが、直接的に被害にあっている人間の気持ちはどういうことだろうと、それをまず自分なりに想像しなければならない時間がありました。制作期間中はずっと外出ができない期間で、『誰も知らない』をなんとなく観始めたんです。そこには市井の人間の息づかいみたいなものがすごく生々しく描かれていて。映画の題材の一つでもある家庭の機能不全を目の当たりにしたときに、何かしっくりくるものがあって。今ウイルスによっていろんなものが隔てられている、当たり前にあったものが機能しなくなっていくさまを、自分は音楽にしなければならない。そこに『誰も知らない』とすごく親和性を感じました。その時は、もしこの曲に映像をつけるとして、是枝さんに頼んだら良いものになるんだろうなと考えていて、ダメ元でオファーをしてみたら受けていただけるということになって。すごく嬉しかったです」
是枝監督「ミュージックビデオは自分の作品というより、そのミュージシャンの世界にお邪魔をする仕事なんで非常に難しいんですね。その歌の世界のイメージを自分の中で昇華しつつ、最後にちゃんと戻してあげないといけない。引き取り過ぎちゃうと曲から離れてしまう。どういう風に相手に投げ返せるかをいつも悩んでいるので、お話をいただいた時にも最初は躊躇していたんです。でも、コロナの状況下で作った歌だという話と、僕に依頼をしたきっかけが『誰も知らない』という映画をその時期に観ていただいて、そこにある『子供たちが久しぶりに表に飛び出していく』という映画の中のイメージが曲作りのひとつのきっかけになったという話をうかがったので。まずは、受けざるを得ないだろうというのが一つありました。そして、話を聞いてすごく腑に落ちたんです。そういう状況でも人は人のことを求めるし、その先に一人ではない未来が待っているだろうと想像させてくれる歌だった。それで、隔てられている人たちの話にしようと思った。ピンポイントでそこだけピックアップしました」
16ミリフィルムで撮影されたMVには、是枝作品にも馴染み深い蒔田彩珠のほか田中泯、淵上泰史、朝見心、本村海、倉野章子が出演。コロナ禍の日常を生きる三世代の男女を描いた短編映画のような仕上がりの作品になっている。フィルムを選択した経緯だが、撮影担当の奥山大史氏によれば「歌詞に出てくる『五月の末』の光を再現するにはフィルムで撮影した方が良いのでは? という是枝監督の判断です。そのうえで米津さんから『誰も知らない』を観ながら作曲をされたというエピソードをヒントに、『誰も知らない』も16ミリで撮影されているため、35ミリでも8ミリでもなく、16ミリを選択した」という。
是枝監督「自分の中で、コロナ禍で印象に残っているのは、亡くなった奥さんと触れることすらできずに、ビニール越しに別れて、戻ってきたら灰になっていたという話をニュースで知ったことで。そういう別れを迎えなければいけなかった人がいるということを聞いて、非常にショックが大きかった。今まで一緒だった二人が生と死に分かたれて、その間に一枚膜が降りている。そのイメージからまず始まりました。そこから、いろんなバリエーションで、人と人が隔てられている、何かを挟んでいる、でもつながろうとしている、そういうイメージを並べていった感じです」
MVの中に登場する男女のやり取りや表情も印象的だ。
是枝監督「セリフは使えないけれど、声が聞こえてくるようなものにしようと思いました。歌詞を邪魔しないよう気をつけながら、観た時にそこでつぶやいたり叫んだりしていることが聞こえてくるようなもの。男女がどんな感情を共有したり、いさかいをしたりしているのか、描かれている以上のものが膨らんでいくような物語にしたいと思いました」
映像には、是枝監督が楽曲から受けたインスピレーションが大きく反映されている。
是枝監督「曲を聴いたときに感じたのは、肯定感でした。こういう世界であれ、隔てられている人々であれ、決して悲観的にならない。下を向いている顔を空に向けるような力に満ちている歌だと思ったので。そこに辿り着くような人の営みを、カナリヤが見ていると言うと言い過ぎかもしれないけれど、そういう形で描けたらいいなと思いました」
こうして完成した作品には米津自身も大きな感銘を受け、是枝監督にとっても今回のMV制作には作り手として刺激を受けたという。困難な時代の中で生み出された一曲が、クリエイター同士の幸福な出会いに結びついたようだ。
米津「自分はこの『カナリヤ』という曲を作るときに、すごく大変だったし、悩んだんです。世に出した後も『果たしてこれでよかったんだろうか』という気分がずっと残っていて。それが是枝さんの映像によって『これでよかったんだ』と、いい距離感で補完してもらえたような、あの曲自体を肯定してもらえたような気持ちになりました」(米津)
是枝監督「作り手として、この状況で何が作れるかということは、まだ答えは出ていないですね。逆に、こういうお話をいただいて、自分の中で少しこの状況を踏まえた上でものを作ることに半歩踏み出た気がする。この歌の肯定感のおかげで僕自身も前に身を乗り出せた感じがします。そのことにはすごく感謝しています」
(文/柴 那典)
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