永作博美×井浦新×蒔田彩珠、“役積み”を経て辿り着いた光景
2020年10月22日 18:00
第73回カンヌ国際映画祭の「オフィシャルセレクション2020」に選出された、河瀬直美監督の最新作「朝が来る」が、新型コロナウイルスの感染拡大の影響による公開延期を経て、ようやく封切りとなる。今作で河瀬組に初参加となった永作博美、井浦新、蒔田彩珠に話を聞いた。(取材・文/編集部、写真/間庭裕基)
直木賞作家・辻村深月氏の長編小説を映画化した今作は、心から望みながら実の子を授かることが叶わず特別養子縁組という手段を選んだ栗原清和・佐都子夫妻(井浦&永作)と、中学生で妊娠し断腸の思いで我が子を手放すことになった14歳の少女・片倉ひかり(蒔田)、それぞれの人生を丹念に追い、新たに芽生える家族の絆と胸を揺さぶる葛藤を描いている。
原作はこれまで、産みの母親と育ての母親という“ふたりの母の物語”として括られることが多かったが、河瀬監督はふたりの母を繋ぐ幼い「朝斗」の眼差しが映画に必要不可欠だと辻村氏に伝えたという。この「朝斗」の存在は、役を生きるうえで永作、井浦、蒔田にとっても唯一無二のものだったようだ。
永作「朝斗は……、太陽でした。監督から『朝斗の目線を大事にしたい、朝斗から見えていることを撮りたい』と最初に聞いたとき、私も興味あると感じました。監督がそちらの目線を知っているんだろうなというのが、大きいと思います。監督だから、その目線に行きついたんでしょうね。朝斗はもう、本当に希望ですよ」
井浦「希望でしかないですよね。その希望を失わないよう、全力で守る! みんなにとっての希望だったんですよ、朝斗の存在、眼差しというのは」
蒔田「ひかりにとっても唯一の、生きるための希望というか……。朝斗がどこかで生きているということを信じることで、生きていけていたんじゃないかと思います」
河瀬組には、「役積み」というものがある。「役作り」ではない。登場人物たちが経験してきたこと、これからするであろう経験を、脚本の行間から読み解くのではなく、実際に身をもって体験し、取り入れ、その人物になっていくという行為である。
今作でいえば、東京都内のタワーマンションに居を構える栗原家と奈良県内の一軒家で暮らす片倉家に分かれて準備を進めていく。東京での撮影中、奈良の片倉家でカメラは回っていないが実際に家族として生活する。栗原家は栗原家で、不妊治療の問診を受け、特別養子縁組で養子を迎えた親子から話を聞き、結婚前にデートで行った宇都宮まで足を伸ばすなど、様々な「役積み」を体験していった。
理解は出来ても実際にやるとなると、言うは易く行うは難し。3人は、この「役積み」を経て、どんな光景を目の当たりにしたのだろうか。
永作「今まで分からなかったことが、たくさん埋まるんですね。本来ならば、セリフとセリフの間に過去が出てきた場合、それを撮ったとして確実に人生が埋まったとは言えません。ただ今回は、それらを全て埋めてくれる役積みというものがあった。結婚前のデートの話があれば、実際にデートしに行きました。そういったことをきちんと埋めていったら、『役者ってなんだろう?』って思っちゃったんです。この経験はすごくありがたいなと思いながらも、現場に入ってセリフのことを考えるんじゃなくて、佐都子の人生を必死に歩き、決断しなくてはいけない。その現場に立たされて、役者ってなんなんだ? という境地にいきました(笑)」
井浦「監督は、芝居を求めていないんです。現場で、それぞれの俳優が背負った役の人生を私に見せてください、ということ。セリフをちゃんと言わなければならないシーンのとき、監督からすぐに『今のはお芝居としては100点だけど、違うよね』ということになります。役を積んでいったからこそ、栗原家でその時その時に起こることに素直に心が動いたら、それをキャッチして返して…みたいな。俳優なのに、役を演じることを求められていないんですよね。だけど、役積みがどれだけ大事なのかを思い知らされる。人ひとりの人生に血を通わせていく作業。それがないと河瀬組の現場には立てないでしょうね」
蒔田「私は今まで、撮影スケジュールにあわせて、セリフの準備をしていくことが多かったのですが、河瀬組は当日どのシーンを撮るのかもわからなくて……。役積みの期間からひかりとして生活していって、そこにカメラが入ってくる。私たちは生活をしているだけなので、その日常を撮られている感じでした」
新たな気づきを得ながらも、役者にだって日常生活は当然ある。この撮影中に最も困難を極めたことを聞いてみると……。
井浦「日常に戻るときは、本当にきつかったですね。本来なら、自分の家に帰ると心が休まったりするじゃないですか。でも、この時は帰らずにそのまま合宿していたいと思いました」
永作「それは一緒ですね。帰ることによって、途切れてしまうことが難儀でした」
井浦「清和の魂が剥がれ落ちないように、自宅でも何か負荷をかけているんでしょうね。セーブしているというか。現場はすごくきついんですが、まだ現場にいるほうが安定するというか楽でした。そこは一番きつかったかなあ。家にいるのに、いないような時期を過ごしている感覚でした」
蒔田は、ふたりとは別の時間軸で、別の家族と「役積み」をしていたため、心の移ろいも異なるものになったことは想像に難くない。
蒔田「私は妊娠も出産も経験したことがないので想像することしか出来ません。ただ、自分の子どもを育てられない方、出産することがかなわない方がいるわけですから、私が中途半端に演じてしまったら、傷つけることになるかもしれない。そこだけは全力で大切に演じたいと思っていました。ひかりは最初、すごく幸せだったんですよ。恋をして……、でも妊娠してしまって、その後は、出会う人がみんないなくなっちゃって、最後はひとりになってしまってとても寂しかったです」
予告編やポスターで象徴的なシーンとして確認することができるが、幸せに暮らしていた栗原家にかかってきた「子どもを返してほしいんです」という1本の電話で、夫婦の感情はかき乱される。佐都子が断固とした口調で謎の女に「あなたは、誰ですか」と問いかける、この対決シーンも「役積み」が奏功し、演技ではない真の表情が映し出される。
井浦「役を積みあってきてのシーンでしたから、芝居とかじゃない状態の段になっているわけです。大袈裟かもしれませんが、それぞれの覚悟がぶつかり合うことにならざるを得ないだろうなあと思っていました。あのシーンを迎えてみたら、朝斗を守るために、ただただ、1秒でも早く帰ってもらいたいという状態で精いっぱいでしたね」
永作「怖かった。怖かったんですが、人が来るということで『お茶は出すんだろうか?』とか、『お茶の受け皿って必要?』とか普通に相談していた気がします。来てもらいたくないし、早く帰ってもらいたい。そうするためには、どこまでがラインなのかっていうことを相談していましたね(笑)」
井浦「受け皿? なくていい! そんなもんなくていい! ってね(笑)」
永作「じゃあ、どこに座るの? だって私が玄関を開けて連れてきたとき、どこに座ってもらえばいいの? 玄関で話すわけにもいかないでしょう? みたいな。リアルに悩んで、それはそれは普通に夫婦で心配事について相談していました。みんな、それぞれの個人の時間を過ごしたからこそ、あの緊張感のある対峙になったのかなって思います」
カンヌでのお披露目はかなわず、6月5日だった公開日も4カ月以上もずれ込んだ。だが、河瀬監督をはじめスタッフ、キャストはそもそも映画館に足を運んでくれた観客に見てもらうために、心血を注ぎ込み続けてきた。席を立たず、エンドクレジットの最後の最後まで見てもらいたい。河瀬監督は何を伝えたかったのか、今作を映画館で見ることの意義も、全てがわかるはずだから。
永作「こういうタイミングで見て頂けるというのも、不思議な縁ですよね。この時期にラインナップされている作品を見ていると、このタイミングに選ばれたかのような作品が多い。(自粛期間を経て)映画館によく行くんですが、やはりみんなで見る喜びがありますよね。みんなで同じ方向を見て、同じ思いで向かっていって、その中にいるからこそ分かる気づきというのもある。ひとりで見ていたら、意外とそこまで気づけないと思う。みんなのエネルギー、みんなのテレパシーみたいなものが交錯しているから『そういうことか』ということがたくさん起こる気がする。そういう意味で静かなテレパシー交換ができる映画館というのは、たくさんの気づきの場ですよね」
井浦「映画や映画館は、自分にとっては出会いであり、救いでもある。映画を撮る側であっても映画に救われている。明日も現場へ行って、生きて生きて、絶対にこの作品に最後までかかわって、完成したら全国の映画館に直接持って行って、お客様に伝えたいんだと。そこまで夢中になれるもの。永作さんがおっしゃったように、ひとりで見ているはずなのに、観終わったとき、確かにひとりじゃないと思える場所が映画館です。映画館で、たくさんの方々に出会えます。なくてはならないものです」
蒔田「これまでは映画館っていつでも行ける場所だったのに、それが難しくなってしまった。自粛期間中、ずっと携帯やテレビで映画を見ていたんですが、やっぱり映画館の大きなスクリーン、大音量で見ることの喜びは違いますよね。役者さんの細かいお芝居もじっくり見ることができますし。改めて、映画館っていいなあって思いました」
井浦「恥ずかしながら、自粛期間が明けてからすぐに映画館に行ったんですが、内容じゃなくて、映画館で映画を見ているということに涙が出てきちゃった」
「それ、分かる!」と永作が相槌を打ち、蒔田も満面の笑みで応じる。とことん映画を愛する3人が役を積み上げた「朝が来る」を、他者とテレパシー交換をしながら劇場で堪能してもらいたい。
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