【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「アメリカン・マーダー 一家殺害事件の実録」
2020年10月18日 21:00
ネットフリックスで配信されているこの作品は、2018年にコロラド州で発生して米国のメディアが騒然となった殺人事件を題材にしている。
殺害されたのは34歳の母親と、3歳と4歳の娘の計3人。くわえて母親は子どもを身ごもっていてすでに妊娠15週目だったというから、被害者は4人と言ってもいいだろう。母親は深夜友人に自宅まで送ってもらったところまでは足取りがつかめていたが、それ以降は娘たちとともに行方がわからなくなり、後に遺体で発見された。母親は地面に埋められ、娘ふたりは近くの石油タンクの中に沈められているという無残な状況だった。
犯人はすでに逮捕され、終身刑の判決もくだされている。有名な事件なので調べればすぐにわかると思うが、本稿ではネタバレを書くのが目的ではないので、事件の謎解きには踏み込まない。ではなぜこの連載「ドキュメンタリーの時代」で取り上げるのかといえば、本作が実に21世紀的な構成で制作されている、きわめて稀有な作品だからである。
1時間23分の全編にわたって、使われている映像はなんとほとんどが「借り物」なのである。フェイスブックに被害者が投稿した動画、警察官のボディカメラで撮影された現場の映像、テレビのニュース、友人たちとのメッセンジャーでのやりとり。さらには驚くべきことに、警察署で容疑者を取り調べている映像まで登場してくる。とくにこの取り調べ映像が圧巻というしかない。
取り調べにあたっているのは男女ふたりの捜査員で、女性のほうは横ストライプのカーディガンというカジュアルな格好で、物腰も柔らかくて優しげだ。
容疑者が「父と話がしたい」と言い出し、女性取調官が答える。「お父さんを同席させたら、真相を教えてくれますか?」「父とふたりにしてくれますか?」。取調官は退室し、父が入ってくる。容疑者は泣きながら、ついに犯行の一部を告白し始めるのだ。
そして取調官たちが戻ってくる。女性取調官は犯人の背中をやさしくさすり、「大丈夫?」と声をかける。そして椅子に座り、彼女はこう付け加える。「がんばりましたね。あとは(遺体の)居場所を教えて下さい」
女性取調官「今どこに?」
容疑者「…その日最初に行った場所に」
女性取調官「どこに置いたのかがすごく大切です」
容疑者「どうしていいか…」
女性取調官「わかるわ。子どもはどこ?」
容疑者「どうしようもなくて、怖くって」
女性取調官「わかるわ。教えてくれる?」
優秀な取調官っていうのは、こうやって優しげに相手を包容しながら、それでも少しずつ相手を追い詰めていくんだなあということが、まざまざと見せつけられるシーンである。この長い取り調べシーンを観られるだけでも、本作にはたいへんな価値がある。
本作は容疑者の不倫相手の女性も顔出し・実名で登場して、彼女がSNSに投稿した写真はおろか、証人として警察で取り調べられる映像まで出てくる。もちろん本人の承諾は得ているのだろうが、なんというか「そこまでやるか!」という突き抜け感が半端ないドキュメンタリー作品だ。
SNSが全盛になって、あらゆる写真や映像、メッセージなどがすべてアーカイブとして記録されるようになった。SNSだけでなく、警察官がボディカメラを義務付けられて生々しい映像がすべて記録されるようになり、いまや世界は「記録」であふれかえっている。かつて人類は言語や文字を発明し、写本をつくり、活版印刷を生み出し、磁気テープへの録音や録画への技術も進化させ、記録することに多大なエネルギーを費やしてきた。しかし情報通信のテクノロジーが普及してからは、もはや記録は日常になり、コストもほとんどゼロになり、ありとあらゆる人間のいとなみが自動的に記録されてしまうようになっている。
そういう時代を見事に描き出した映画としては、2018年の「search サーチ」があった。行方不明になった娘を探すため、父親が彼女のSNSでの活動を調べまくり、映像や音声などから所在を追いかける物語で、全編がSNSやYouTubeなどのスクリーンによって構成されている非常に面白い作品だった。本作「アメリカン・マーダー 一家殺害事件の実録」は「search サーチ」の変奏曲であり、そのドキュメンタリー版とも言える作品である。
くわえて本作では、SNSの副作用である罵声中傷の問題にも踏み込んで描いている。容疑者がかなりのイケメンだったこともあってか、彼が逮捕・起訴されたあとも、彼を擁護し、そのために被害者とその遺族をSNSで攻撃する人たちが現れたのだ。これには「胸糞悪い」という感想しか抱かないが、同種の罵声はこの日本のツイッターなどでも日々繰り返されていることを思い返せば、まさに本作はSNS時代を象徴した作品なのだろう。
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