現代を生きるアイヌの人々をキャスティング「アイヌモシリ」 福永壮志監督が描いたアイヌの生活と世界観
2020年10月16日 17:00
日本人として初めて第19回トライベッカ映画祭審査員特別賞を受賞した福永壮志監督の長編映画第2作「アイヌモシリ」が10月17日から公開される。北海道阿寒湖のアイヌコタンを舞台に、アイヌの血を引く14歳の少年の目線から、現在のアイヌの人々の暮らしや継承される文化を描いた物語だ。自身も北海道出身の福永監督に話を聞いた。
2003年に渡米して映像制作を学び、ニョーヨークへ活動の拠点を移して発表した長編映画第1作「リベリアの白い血」が世界で高い評価を受けた。「日本にいた時は芸術の敷居が高いというか、才能がある人だけがやること、というイメージがあって、自分が映画監督になることは想像できませんでした。しかし、アメリカで皆自由に表現したり、発言したりするのを見て、自分も一番好きな映画を勉強してみようと思ったのが始まりです」とキャリアのスタートを振り返る。
デビュー作では、ニューヨークで暮らすアフリカ系移民の物語をドキュメンタリータッチのフィクションで撮り上げた。作品に社会問題を組込んだ理由は、監督自身もマイノリティとして生活した体験からだ。
「自分もアジア人というマイノリティでした。ニューヨークはいろんな立場の人がそれぞれ声を上げて、世の中を変えようとしていて。そういったことを目の当たりにしてから、たくさんの人達の時間と労力やお金をかけて映画を作るのであれば、社会に良い影響があると思えるものを題材に選びたいという気持ちが強くなりました。自分が撮りたいというだけではなくて、今まで撮られていなくて、撮られるべきもの、撮られることで、何か少しでも良い作用が起こるのではないかと信じられるものであれば、自分もより一層頑張れると思ったんです」
そして、2作目の題材として、日本の先住民族として知られるアイヌを選んだ。「僕は北海道西胆振地方の伊達市という小さい町で生まれ育ちました。アイヌのことに興味はあった けれど、誰に聞いてよいのかもわからないし、何か触れてはいけないタブーのような存在、という印象がありました」
「その後アメリカで過ごして、ネイティブアメリカンのことにに対する問題意識の高さを目の当たりにして。白人たちも自分達の先祖がネイティブアメリカンから土地を奪った 歴史を理解しています。そして、自分のことを振り返って、自分の生まれ育った場所に、アイヌという先住民族がいたのに、何も知らなかったことに恥ずかしいと思ったんです。ちゃんと学びたいと思ったし、それからアイヌを題材とした映画を撮りたい、と考え始めました」
今作では、アイヌの人々が多数出演しており、音楽や舞踊など表現活動をするキャストもいるが、基本的には誰一人演技経験がなかった。主人公カントとして、思春期の繊細な心の動きと強い眼差しをスクリーンに焼き付けた下倉幹人くんも、今作で演技に初挑戦した。福永監督にとって、まずはアイヌの方たちに、この企画に賛同してもらうことが、本作のスタートだった。
「現代を生きるアイヌの人たちの物語を映画にしたかったのです。しかし、演技をやったことがない方々に出演をお願いすることも含め、僕が想像している作品作りをすぐには理解してもらえなくて。少しずつ理解していただこうと、時間をかけて信頼関係を築きました。企画に取り組みだしてから最初はとにかく人に会って話を聞く時間でした」
劇中では、現在行われなくなっているアイヌの伝統儀式「イオマンテ」を再現した。実際の儀式を知る人の証言やアドバイスを基に撮影を進めた。
「アイヌの文化、精神世界の集大成と言われている儀式ですが、時代の変化もあるし、法律で禁止されていたこともあるし、行われなくなった理由は色々あります。繊細なことなので、映画に入れるべきか迷いましたが、イオマンテを通してアイヌのみなさんの様々な考え方や想い、過去と現在、世代間のギャップ等を描けると思いました。また、儀式の核には命をいただくことに対する感謝の気持ちがあるので、現代社会に生きる僕たちにとっても考えさせられる部分があると思います。でも、残酷な部分を強調したり、偏見を助長するようには描いてはいけないと思いました。主人公の少年カントの物語から焦点をずらさず、問いを投げかけながらも、答えは押し付けないで観客にゆだねる描き方を心がけました。(出演者の)秋辺デボさんは実際にイオマンテをやろうとして、クマを飼っていたこともあったそうです」
トライベッカ映画祭で審査員の反応は「日本にも先住民族がいたのだ、と驚かれる方も多かったそうです。そういう意味でも映画という形で広く世に届けることに意味があると実感しました」と手ごたえを感じたそう。満を持して日本での劇場公開を迎え、「この映画をアイヌのことをあまり知らなかった皆さんに見てもらって、更なる理解のきっかけになればいいと思っています。もちろん、これがアイヌの全てでは決してなく、阿寒に住んでいるアイヌのみなさんを描いたひとつの映画です」「僕自身、様々な国の映画を観て感銘を受けてきました。映画には言葉や文化を超える力がある」と力を込めて語った。
「アイヌモシリ」は、10月17日から、渋谷ユーロスペースほか全国順次公開。
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