【「ある画家の数奇な運命」評論】激動の時代をありのままに見つめることとは? 名匠が描く執念の力作
2020年10月5日 09:00

とてつもない力作だ。世の中にナチス時代を扱った映画は数多いし、東西分裂後の人々を描いた作品もある。一人の画家の人生に焦点を当てた映画も珍しくはなかろう。だがこれらの要素をすべて織り交ぜ、暗闇の中にこれほどまでに力強い光を見出そうとする作品を、私は初めて見た気がする。
かつて「善き人のためのソナタ」(06)で世界中を感動させたフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督が長年の準備期間を経て誕生させたのは、およそ30年に及ぶドイツ史を貫く芸術家の物語である。始まりは1937年、ナチス時代のとある美術館。ここで少年は、一つの強制された美術眼と、その対極にある、ありのままの感性で世界を見つめようとする叔母の姿を目の当たりにする。たとえアートを手がけていなくても、彼女は当時、もっとも解き放たれた心を持つ芸術家のような存在だったことだろう。
やがて、叔母との間にはあまりに酷い別れが待っている。しかし彼女の「目をそらさないで。真実はすべて美しい」という言葉は、その後の3時間を超える移ろいの中で、少年が青年、そして壮年と化してもなお、片時も忘れることのない大切な指針であり続ける。
自由とは何か。美とは何か。いや、そんな言葉ではこの映画は到底掴みきれない。何しろ、主人公がようやくナチスの時代を脱したかと思えば、間髪入れず今度は、東ドイツにおける社会主義に飲み込まれるのだから。イデオロギーの変化によっていとも簡単に尊ぶべきものの優先順位が変わり、また美や自由についての考え方まで激変する。そんな渦中で何を拠り所とすれば良いのか。主人公の筆運びには苦悩がにじむ。それでもなお、目をそらすまいとする意志がみなぎる。主演のトム・シリングはその迷路のような人生、苛酷な運命を歩む様を、決して重くなりすぎず、しなやかに伝える。
この映画を見ると激動の時代を生きたあらゆる芸術家たちを思わずにいられなくなるし、己の従来の絵画の見方や接し方すら大きく変わりそうだ。数十年にわたる年月を描き切ったドナースマルク監督の筆致と執念には圧倒されるばかり。そして終映後、強く蘇るのは「目をそらさないで」という言葉。監督自身もこれを指針として本作を完成させたであろうことは明らかだ。
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
人生にぶっ刺さる一本
【すべての瞬間が魂に突き刺さる】どうしようもなく心が動き、打ち震えるほどの体験が待っている
提供:ディズニー
ブルーボーイ事件
【日本で実際に起きた“衝撃事件”を映画化】鑑賞後、あなたは“幸せ”の本当の意味を知る――
提供:KDDI
プレデター バッドランド
【ヤバすぎる世界へようこそ】“最弱”ד下半身を失ったアンドロイド”=非常識なまでの“面白さと感動”
提供:ディズニー
あまりにも凄すぎた
【“日本の暗部”に切り込んだ圧倒的衝撃作】これはフィクションかノンフィクションか?
提供:アニモプロデュース
盤上の向日葵
【「国宝」の次に観るべき極上日本映画に…】本作を推す! 壮絶な演技対決、至極のミステリー、圧巻ラスト
提供:松竹
てっぺんの向こうにあなたがいる
【世界が絶賛の日本映画、ついに公開】“胸に響く感動”に賞賛続々…きっとあなたの“大切な1本”になる
提供:キノフィルムズ