【「フェアウェル」評論】心にずっと残る、深くて柔らかな余韻。またもA24が傑作を届けてくれた。
2020年9月27日 11:00
[映画.com ニュース] 映画スタジオ「A24」作品には、新たな感覚で社会の片隅を照らし出すものが多い。中国系アメリカ人を主人公に据えた「フェアウェル」が描くのも、決して名ばかりの多様性ではなく、特定の文化に深く入り込んだところで生まれる個の物語だ。面白いことに我々はそこに差異を見出すのではなく、いつの間にか「彼女の物語」と自らの人生とを重ねずにはいられなくなっている。全編を織り成すナチュラルな語り口は、観客一人一人に向けた「あなたはどこから来て、今どこに立ち、どこへ向かおうとしているのか」という問いかけでもあるかのようだ。
物語はNYで幕を開ける。この街に暮らす主人公ビリー(オークワフィナ)にとって中国の祖母はかけがえのない存在だ。電話をかけるといつも話し相手となり、落ち込んだ時には「あなたなら大丈夫!」と力強く励ましてくれる。だが、そんな祖母が末期ガンであると判明。家族の誰もがショックを抱えつつ、本人に病気のことを悟られぬよう「親族の結婚式」を口実に、久々の帰郷を果たすのだが―。
冒頭、一羽の小鳥が部屋に入り込んでくる。思えばビリーは、本作でずっと“迷い込んだ鳥”みたいな表情をしている。中国で生まれ、幼少期、何もわからぬまま両親とともにアメリカに移り住んだ彼女。すでにパスポート上はアメリカ人でありながら、その見た目は自分の拠り所がどこにあるのかを未だに悩み続ける少女のままだ。
本作に自身の体験やリアルな想いを詰め込んだルル・ワン監督は、一族が会する円卓を巧妙に用いながら、米中の文化摩擦を嫌味なくユーモアたっぷりに柔らかく紡ぎ上げる。そして次第に気づかされるのは、これが死にゆく祖母の悲しい物語ではなく、むしろヒロインが懸命に答えを探し求め、自分の中の小鳥を解き放とうとする物語だということ。やがて人生を覆う靄が少しずつ晴れ始め、披露宴の盛り上がりからラストへ移行していく展開がしみじみと感動的だ。この優しさと温もり、郷愁がもたらす心の栄養に思わず涙ぐんでしまうほどである。
本当にいい映画を見た、そう思えるいちばんの要因はやはり女優オークワフィナの放つ独特の個性にある。彼女だからこそこの役は息づき、すぐさま我々の胸中へと入り込んで特別な存在となった。決して表情や感情を飾らず、自然体であり続けるその佇まいは、観客にとって2020年に出会った最高の宝物として記憶に刻まれるだろう。
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