【国立映画アーカイブコラム】フィルムを運ぶ、フィルムをつなぐ――映写機にかける前に必要なこと
2020年7月26日 12:00
[映画.com ニュース] 映画館、DVD・BD、そしてインターネットを通じて、私たちは新作だけでなく昔の映画も手軽に楽しめるようになりました。それは、その映画が今も「残されている」からだと考えたことはありますか? 誰かが適切な方法で残さなければ、現代の映画も10年、20年後には見られなくなるかもしれないのです。国立映画アーカイブは、「映画を残す、映画を活かす。」を信条として、日々さまざまな側面からその課題に取り組んでいます。広報担当が、職員の“生”の声を通して、国立映画アーカイブの仕事の内側をご案内します。ようこそ、めくるめく「フィルムアーカイブ」の世界へ!
約4カ月の休館を経て再開館した国立映画アーカイブでは、上映・展示ともに「松竹第一主義 松竹映画の100年」(以下「松竹映画の100年」)を開催しています。リニューアル工事でエントランスと長瀬記念ホール OZUを改装し、入り口や1階受付にはデジタルサイネージを設置しました。現在は新型コロナウイルス感染症拡大予防のため、通常通りの利用ができない場所もありますが、皆さまに安心してご来館いただける体制を整えています。
以前、当コラムでは、企画の上映作品がどのように決まり、「NFAJプログラム」(チラシ)が作られていくのかを紹介しました。今回お届けするのは、そうした業務の次のステップ――上映が決まったフィルムが映写機にかけられるまで。フィルムに“実際に”触れているスタッフの仕事についてです。
当館では月に2回の“フィルム移動の日”に、企画で上映する所蔵フィルムを相模原分館(フィルム保存棟)から京橋本館に運搬しています。企画の上映作品が決まったら、映画フィルムのコレクション管理を担う映画室の研究員が所蔵品の情報を集積・管理しているデータベース「NFAD」に出庫すべきフィルムを登録し、“トラフィック”という、フィルムの移動を管理する映画室の担当者がその登録情報をもとに出庫作業を進めていきます。
相模原分館のトラフィック担当である隈元博樹さんに、仕事で気をつけていることについて聞きました。
「1つの所蔵作品でも状態の異なるバージョンが複数あったりするので、依頼されたフィルムを的確に出庫することがとても重要です。上映日から逆算して出庫スケジュールを立てた上で、状態の良いフィルムについては、相模原の保存庫から“ならし室”に出した後でフィルムを出庫します。『NFAD』を見ても状態のつかみにくいフィルムについては、研究員による指示のもと、出庫前に相模原の検査技師へお渡しして上映可能かどうかを確認してもらいます。また、どのフィルムが保存庫から外部に出ていて、どのフィルムがいつ保存庫に戻って来るのか、その動きや管理を徹底するように心がけています。そういった出入庫の情報を逐次管理するデスクワークの側面と、実際に体を動かしてフィルムを地下の保存庫、ならし室、さらには地上との間で移動させるフィジカルな側面とが、トラフィックの仕事に要求される重要な部分ですね」
フィルムは温湿度の変化の影響を受けやすいため、2~10度の低温と30~40%の湿度に保たれた保存庫から急に地上に出してしまうと結露が起こり、水滴で濡れてしまいます。そのため、フィルムを外気温にならすための“ならし室”という専用の部屋に一定期間置くことで、安心してフィルムを出庫することができるのです。ならし室は気温10~20度・湿度30~45%に保たれ、暑い時期(6~9月)は温度の異なる2つのならし室を経る、ならし室に置いておく時間を変えるなど、徐々にならしていくよう外気温に合わせて調整しています。
また、隈元さんが「フィジカルな側面」もあると言ったように、トラフィック業務には肉体労働の一面もあります。例えば、誰もが知る有名作「男はつらいよ」シリーズ。「松竹映画の100年」で上映する第1作は、上映分数は91分ですが、フィルムは全長約2.5キロメートルで計4缶、重さにして20.92キロにもなるのです。ちなみに、これはポリエスターベースの場合で、アセテートベースだと重さは少し変わり、同じ作品でも、5缶で22.52キロになります。もちろん移動の際は台車に乗せますが、出入庫時のならし室への移動も含めて、何度も出し入れすることは、なかなかに体力を使います。
上映会場の京橋本館では、根本里奈さんがトラフィックを担当しており、相模原の隈元さんと連携しながら業務を進めています。
「大学時代に授業で映画フィルムの特性を学んだことはありましたが、作品として実物のフィルムに触れたのは国立映画アーカイブで働いてから」という根本里奈さん。「“フィルムは重い”というのが最初の印象で、フィルムだと1作品が複数の缶に分けられていることに驚きました」と、フィルムに触れた印象を話してくれました。
「フィルム移動の日には、相模原から出庫されたフィルムについて、3つのチェックを上司と行います。1、京橋に届いたものが、出庫依頼をした作品であるか。2、企画上映に使用する所蔵フィルムの正しい位置に銀テープが貼られているか。3、フィルムの状態を記載したプリント報告書が最新のものか。場合によっては、検査技師さんにも確認してもらいます」
銀テープというのは、映写機を自動で切り替えるために必要なものです。当館では所蔵フィルムを上映する場合に、2台の映写機を用いて、一巻ごとにフィルムを掛け替えて上映をしているのですが、ロールの巻末部分に貼られた1.5センチメートル幅の銀テープを映写機のセンサーが検知して、2台目の映写機が自動スタートするように設定されているのです。
根本里奈さんもまた、スケジュール管理には細かく気を遣っているそうです。
「『NFAJプログラム』を参考にして、どの順番で検査技師さんにフィルムを確認してもらうか予定を組んでいきます。『プログラム』が、まだ出来ていなかったら、チェックに時間がかかりそうな状態の悪いフィルムから優先的に確認をお願いしています」
所蔵フィルムは相模原分館で検査技師がチェックをします。京橋本館では、ニュープリントのチェックと上映前の準備が検査技師の主な作業です。上映前の準備で状態の悪いフィルムからニュープリントまでを扱う、検査技師の根本道子さんにお話を聞いてみました。
「当館が収集するニュープリントは、納品時点では各巻が小さいロールであることが多いです。それを映写用に繋ぎこんでいくのが私の主な仕事です。1巻700や800フィートのフィルムを、大体2300フィートを上限に繋ぎ合わせます。ただ、音の都合で繋げない部分もあるので、どこで割るかはよく考えなければなりません。ロールを繋ぎ込むと同時に、銀テープ貼り、当館のロゴが入った先付け映像の挿入、リーダー付けなども行います」
ロールを繋ぎ込むことによって、上映時にフィルムをかけかえる回数を減らし、運用保管時の缶数を削減することができます。根本道子さんのこうした作業を最後に経て、完成したばかりのニュープリントは適切に上映できる状態になるのです。
「私はもともと映画フィルムの編集をしていました。ネガ・ポジ両方扱うフリーの編集者について、繋ぎ方など基本を教わりました。それから映画の現像所に入って、ずっとフィルム畑で働いてきたので、それが今、アーカイブの仕事で大いに役に立っているという感じです。ニュープリントを繋ぐ作業は一発勝負なので面白いです。ついたらそれっきりで、直せない。緊張感がありますね」
納品されたフィルムの繋ぎ込みを行う際には、スプライサーと呼ばれる機器を使います。現在ニュープリントはポリエスターベースのため、ポリエスターベースに対応した超音波のスプライサーを使います。この機器は超音波で繋ぎたいフィルムの端と端を溶かして貼り合わせる仕組みになっており、もしもうまく繋げなかった場合は、1コマ分切除して繋ぎ直さないといけなくなるため、やり直しがきかないのです。
こうした手順を踏んで、フィルムは映写室へと運ばれて、映写機にかけられ、スクリーンに投影される映像として皆さんの目に触れることになります。
映写技師の竹村繁さんも、検査技師の根本道子さんの仕事に大きな信頼を寄せています。「例えば、サウンドトラックがデンシティタイプのフィルム。根本(道子)さんはフィルムの繋ぎ目を映写機がそのまま読み取らないように、ノイズレス用のテープを打ってくれる。大抵の人は直線で繋ぐだけなので、ボコボコって音が出てしまう」
フィルムの繋ぎ目のモジュレーションを三角の黒テープで潰すことで、つなぎの線が音として読み込まれてノイズが出るのを防ぐのです。
「ここまでしてくれるのは根本(道子)さんだけ。だから、根本(道子)さんを通ってないフィルムを上映するのはすごく心配。やっぱり、ネガの編集をしていた人はフィルムのことをよく知っているね」
当館が今でもフィルム上映を中心に企画を行うことができるのは、根本道子さんを始めとしたスタッフ一人一人の連携があるからなのです。
今回は、フィルムが「物」であるがゆえのさまざまな業務を紹介しました。皆さんも、なかなかフィルムに実際に触れる機会はないかもしれませんが、もし20キロの物を持つことがあれば、「これが約90分のフィルムの重さなんだな」と、フィルムの物質性にぜひ思いを巡らせてみてください。
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