【「遊星からの物体X」評論】人間は、最高の棲みかだった――カーペンター監督が創造した“同化する生命体”の悪夢
2020年4月26日 09:00

[映画.com ニュース] 新型コロナウイルスの影響により、多くの新作映画が公開延期となり、映画ファンの鑑賞機会は減るばかりです。映画.comでは、「映画.comオールタイム・ベスト」(近日一覧を発表予定)に選ばれた、ネットですぐ見られる作品の評論を毎週お届けいたします。今回は「遊星からの物体X」です。
1982年6月、人類への接触を図った2種類のエイリアンが登場した。それぞれのアプローチは対照的なものとなり、結果的に全米年間興収トップの座にまで上り詰めたのは「E.T.」。一方、ジョン・カーペンター監督が創造した“人類の敵対者”は、興行面では敗北を喫したが、その存在感は“友好的なエイリアン”に負けず劣らず、現代まで語り継がれるものとなった。
物語の舞台は、南極観測基地。宇宙から飛来した生命体に遭遇した観測隊員たちの恐怖が描かれている。原作は、38年に発表された短編小説「影が行く」。この小説を基にした作品として、ハワード・ホークス製作「遊星よりの物体X」(51)も誕生している。4歳の頃に同作を鑑賞したカーペンター監督。自作では、あくまで原作の再映画化という手法をとり、ホークス版では排除された“同化”という要素を重視している。
接触した生物に“同化”する能力を有した生命体は、次々と観測隊員に姿を変えていく。着目すべきは、この生命体が人間との“同化”を終えた後に会話ができる程の知性を兼ね備えている点だ。つまり“言葉”で正体を暴くことは、ほぼ不可能。隊員同士への疑念の増幅が、抑圧的なコミュニケーションへと転じ、暴力を発生させる。極寒の南極というクローズド・サークルも機能し、密室サスペンスを見ているかのようだ。
「約2万7000時間後には、地球上の全人類と“同化”」という試算も出るため、防衛の第一線に立つ観測隊員は、逃げるに逃げられない。“詰んだ”とは、まさにこの状況のことだろう。海外で使用されたキャッチコピーが秀逸なので紹介しておきたい。それは「Man is the warmest place to hide」というもの。意訳すると「人間ほどいい棲みかはない」。劇中の惨状を見れば、この一文に納得せざるを得ない。
閉鎖空間での連続殺人――厄介なのは“同化”によって犯人が増えていくという部分。生命体が目論むのは「そして誰もいなくなった」ではなく、「そして人間はいなくなった」なのだ。この“同化”によって生まれた特殊な状況が、異様な緊迫感を醸し出している。また、当時22歳のロブ・ボッティンがデザインしたクリーチャーの醜悪な造形も見どころのひとつ。蠢く肉塊、捕食者となる腹部、そして衝撃的な“蟹×頭部”……しっかりと活写される変質の過程が、悪夢のような芸術となっている。
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