【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」
2020年3月22日 12:00
いまから半世紀前、1969年に東京大学駒場キャンパスで行われた有名な討論会をテーマにしている。この討論会は書籍化はされているが、ここまでまとまって映像が作品化されるのは初めてだろう。TBSに秘蔵されていたフィルムということで、歴史的価値は大きい。しかし本作は「過去の遺物を垣間見る」という以上の強烈な面白さをはらんでいる。
とはいえ、この作品を面白く鑑賞するためには、それなりの予備知識が必要だ。まず三島由紀夫。戦後を代表する作家であり、この討論会の翌年に市ヶ谷の自衛隊に突入し、自決して果てたのは誰でも知っている。しかしもうひとつの知識として、三島が日本の戦後社会をどう見ていたのかということを知っておく必要がある。
大正生まれで戦中派の三島は、終戦時に20歳で東京帝大の学生だった。招集され学徒出陣するはずだったが、入隊検査で肺浸潤が見つかり即日帰郷となる。病床で終戦を迎えた。多くの若者が戦死した中で自分だけは戦場にも行かず、生き残ったということへのわだかまりが、三島の精神に長く暗い影を落とすことになる。
その帰結が、1960年代の三島の「右旋回」だった。終戦後に人間宣言した昭和天皇を否定し、「天皇」を古代から続く日本の歴史と文化の中心であり、現実の天皇個々人の人格を超えた、抽象的な「神聖」の概念だと捉えるようになった。三島はその「天皇」という概念によって、彼が堕落したと見ていた戦後社会がひっくり返せると考えたのだ。
では、討論の相手だった東大全共闘とは何か。1960年代末は日本のあちこちで学生運動が起こり、さまざまなセクトができたが、それらのセクトが大学ごとに集まって作ったのが「全学共闘会議」、すなわち全共闘。
東大全共闘というと、この討論会の少し前に本郷キャンパスの安田講堂を学生が占拠し、機動隊と対決した「安田講堂攻防戦」が有名だ。しかし東大全共闘のユニークさは、もっと別のところにある。
東大生たちは、受験戦争を勝ち抜いたエリートである。戦後民主主義は平等を教え、自分だけが利益を得ることは倫理に反すると教えたが、受験エリートはそうした戦後の価値観をもともと否定したところに成り立っている。加えて、いくら学生運動に邁進して反体制を唱えても、卒業後には官公庁や大企業などでのエリートの座が約束されている。これらの現実に対する「罪悪感」が、東大全共闘の根底にあった。自分たちは資本主義を口では批判しながら、実は資本主義を支える側じゃないか、という強烈な自己矛盾があったのだ。
だから他の大学では学費値上げ反対や自治会の自主独立など、おおむね具体的な運動目的があげられていたのに対し、東大闘争だけはまったく違った。「自分たちの生き方を変えていかなければならない」「自分たちにとって学問とは何なのか」という抽象的な理念が目標として掲げられたのである。つまりはエリートである自分を否定しなければ運動は始まらないという、当時流行した言葉でいえば「自己否定」をテーマとしたのだ。
この自己否定と自己の変革という話は、本作の討論にもところどころに出てくる。東大全共闘屈指の論客と呼ばれていた芥正彦(のちに劇作家・演出家)とのやり取りが面白い。三島が目の前の木製の机をさして言う。「机は授業のためにあるが、バリケードの材料にもなる。生産関係から切り離されて、戦闘目的に使われているということだ。しかしそれは諸君が生産関係から切り離されているからではないか。それが諸君の暴力の根源ではないのか」
つまり、しょせんは働いていない学生じゃないかと皮肉を飛ばし、生産関係という資本主義から切り離されてる。だから運動は持続しないんじゃないかと迫ったのである。これに対して芥は鋭く言う。
「大学の形態の中では机は机だけど、大学が解体されれば定義は変わる。この関係の逆転に革命が生まれるんだ!」
このあたりのやり取りは今見ても、実にスリリングである。芥正彦の鋭い応答に、三島もたじたじとなっている感がある。しかし本作で最も面白いのは、後半になって出てくる天皇についてのやりとりだ。
小阪修平(のちに評論家)から天皇観について聞かれ、三島はこう答える。
「天皇親政と直接民主主義には区別はなく、ひとつの共通要素がある。それは国民の意志が、中間的な媒介物を経ないで国家意志と直結することを夢見ているということだ」
端的に言い切ってしまえば、三島にとっての「天皇」というのはルソーの一般意志のようなものなのだろう。三島がこう答えているときに、会場からヤジが飛ぶ。「チンはたらふく食ってるぞ なんじ臣民飢えて死ね」。終戦直後の窮乏期にデモのプラカードに書かれた有名な言葉だが、三島はヤジにこう返す。
「もし本当に天皇がたらふく食ってたブルジョワジーだったら、革命は簡単にできただろう。そうじゃなかったから革命は難しいのじゃないのか」
つまり天皇とは概念であり、たらふく食ったりする実在の人間ではない。続けて三島は言う。「それは民衆の底辺にあるものなのだ。それに私は天皇という名前を与えている」
これに芥がかみつく。「天皇と自己を一体化させることに美を見出すわけ?」。三島は「そうだね」と答える。
三島「できなくていいんだよ。僕は日本人として生まれ、日本人として死んで、それでいいんだよ。その限界を抜けたいとは全然思わない」
芥「人間には最初から国籍なんかない」
三島「それは自由人として尊敬するけれども、僕は日本人であることを否定しない。そこに喜びを感じるのだ」
ここで芥は「僕はもう帰るわ。退屈だから」と吐き捨てて、壇上から去ってしまう。しかしこのあたりから、討論会の会場には不思議な空気が流れ始める。1000人の全共闘学生と三島のあいだに、なにか共感のようなものが生まれてくるのだ。
小阪修平が言う。「天皇という観念を三島さんも全共闘も共有できるのだったら、そこに天皇という名前をつける必要はないのでは」。これに三島はなんとこう答える。「天皇とひとこと言ってくれれば、僕は諸君と手をつなぐのに」
三島は、日本の戦後保守が親アメリカになっていることに反発していた。それに比べれば全共闘は左翼であっても、反米である。だったら全共闘とはナショナリズムという一点で共通しているのではないかと三島は考えていたのだ。そして、そのハブとなるのが天皇概念だと考えたのだ。
ではもし、三島と全共闘がともに手をつなぐことがあったとしたら、共通の敵は存在したのだろうか? それに対する答えも本作の終わりの方で用意されている。「熱情」と題された本作の最後のパートは、実にスリリングで面白い。ハードルの高い作品だが、日本の戦後の左右のイデオロギーとはいったい何だったのかについて考えたい人には、かなりお薦めできる。
監督:豊島圭介
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
十一人の賊軍 NEW
【本音レビュー】嘘があふれる世界で、本作はただリアルを突きつける。偽物はいらない。本物を観ろ。
提供:東映
映画料金が500円になる“裏ワザ” NEW
【仰天】「2000円は高い」という、あなただけに伝授…期間限定の最強キャンペーンに急げ!
提供:KDDI
グラディエーターII 英雄を呼ぶ声 NEW
【人生最高の映画は?】彼らは即答する、「グラディエーター」だと…最新作に「今年ベスト」究極の絶賛
提供:東和ピクチャーズ
ヴェノム ザ・ラストダンス NEW
【最高の最終章だった】まさかの涙腺大決壊…すべての感情がバグり、ラストは涙で視界がぼやける
提供:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
“サイコパス”、最愛の娘とライブへ行く
ライブ会場に300人の警察!! 「シックス・センス」監督が贈る予測不能の極上スリラー!
提供:ワーナー・ブラザース映画
予告編だけでめちゃくちゃ面白そう
見たことも聞いたこともない物語! 私たちの「コレ観たかった」全部入り“新傑作”誕生か!?
提供:ワーナー・ブラザース映画
八犬伝
【90%の観客が「想像超えた面白さ」と回答】「ゴジラ-1.0」監督も心酔した“前代未聞”の渾身作
提供:キノフィルムズ
追加料金ナシで映画館を極上にする方法、こっそり教えます
【利用すると「こんなすごいの!?」と絶句】案件とか関係なしに、シンプルにめちゃ良いのでオススメ
提供:TOHOシネマズ
ジョーカー フォリ・ア・ドゥ
【ネタバレ解説・考察】“賛否両論の衝撃作”を100倍味わう徹底攻略ガイド あのシーンの意味は?
提供:ワーナー・ブラザース映画
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
死刑囚の告発をもとに、雑誌ジャーナリストが未解決の殺人事件を暴いていく過程をつづったベストセラーノンフィクション「凶悪 ある死刑囚の告発」(新潮45編集部編)を映画化。取材のため東京拘置所でヤクザの死刑囚・須藤と面会した雑誌ジャーナリストの藤井は、須藤が死刑判決を受けた事件のほかに、3つの殺人に関与しており、そのすべてに「先生」と呼ばれる首謀者がいるという告白を受ける。須藤は「先生」がのうのうと生きていることが許せず、藤井に「先生」の存在を記事にして世に暴くよう依頼。藤井が調査を進めると、やがて恐るべき凶悪事件の真相が明らかになっていく。ジャーナリストとしての使命感と狂気の間で揺れ動く藤井役を山田孝之、死刑囚・須藤をピエール瀧が演じ、「先生」役でリリー・フランキーが初の悪役に挑む。故・若松孝二監督に師事した白石和彌がメガホンをとった。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
ハングルを作り出したことで知られる世宗大王と、彼に仕えた科学者チョン・ヨンシルの身分を超えた熱い絆を描いた韓国の歴史ロマン。「ベルリンファイル」のハン・ソッキュが世宗大王、「悪いやつら」のチェ・ミンシクがチャン・ヨンシルを演じ、2人にとっては「シュリ」以来20年ぶりの共演作となった。朝鮮王朝が明国の影響下にあった時代。第4代王・世宗は、奴婢の身分ながら科学者として才能にあふれたチャン・ヨンシルを武官に任命し、ヨンシルは、豊富な科学知識と高い技術力で水時計や天体観測機器を次々と発明し、庶民の生活に大いに貢献する。また、朝鮮の自立を成し遂げたい世宗は、朝鮮独自の文字であるハングルを作ろうと考えていた。2人は身分の差を超え、特別な絆を結んでいくが、朝鮮の独立を許さない明からの攻撃を恐れた臣下たちは、秘密裏に2人を引き離そうとする。監督は「四月の雪」「ラスト・プリンセス 大韓帝国最後の皇女」のホ・ジノ。