「ポジティビティを伝えたい」ハリウッドが注目のHIKARI監督が「37セカンズ」に託した思い
2020年2月8日 09:00
車椅子で生活する女性の自己発見と成長を描き、第69回ベルリン国際映画祭パノラマ部門で観客賞とCICAEアートシネマ賞を受賞した人間ドラマ「37セカンズ」が公開された。世界的に高い評価を受けている本作は、ジョージ・ルーカスの出身校でもある、南カリフォルニア大学(USC)で学んだHIKARI監督の初長編作。これまでに同性愛や異人種間の恋愛をテーマにした短編を発表、今作では障害や性についてもフラットかつポジティブに描いたHIKARI監督に話を聞いた。
卒業制作として発表した、戦後日本の女性の同性愛を描いた短編「Tsuyako」(2011)が、世界の国際映画祭に招待され、50以上の賞を獲得。今作の脚本がサンダンス映画祭とNHKの共同企画の目に止まり、映画化が決定。満を持しての長編デビュー作となった。
37秒間呼吸が止まった状態で産まれたために脳性麻痺になったユマは、過保護な母親のもとで車椅子生活を送りながら、漫画家のゴーストライターとして空想の世界を描き続けていた。自立のためアダルト漫画雑誌に原稿を持ち込むが、編集者からリアルな体験がないと良い作品は描けないと言われてしまう。意を決して、女性用風俗を体験しようと歓楽街に出掛け、デリヘル嬢の舞に出会う。外の世界を知ったユマと母親との確執が広がっていくが…。
成人向けマンガを描く女性を取材し、「障害者と性」について学んだことが今作の構想のきっかけとなった。「日本は風俗産業がたくさんあるので、男性は発散する場所があるけれど、女性はどうなのかな、と。なかなかさらけ出して言う女性は少ないけれど、そばにいて欲しい、ハグして欲しい、キスしたい、そういうことをできない人たちへのサービスについて興味を持ちました」
「取材を進め、映画『セッションズ』のモデルにもなったセックスセラピストの方からは、女性は好きな人であれば心がつながって快感を得られると聞いたり、下半身不随の方のインタビューでは、尿意を感じることができないので、一定の時間でカテーテルで排尿する日常を送り、出産でも力を入れることができないのに、赤ちゃんはお母さんのために自ら出てきて、自然分娩ができると教えてもらい、女性の身体の神秘性を知ったこともきっかけです。様々な角度から、障害を持つ女性たちが向き合う性はどういうものかを取材したところ、やはり人それぞれで、快感を覚える人もいれば、身体がコンプレックスで他人とは関わりたくない、見られたくない、という人もたくさんいます。でも、皆さんすごくきれいだし、やりたいこともやっているし、ただ障害があるだけ。女性がひとりの人間として、どんどん前に進めるような作品を作りたくなったんです」
ヒロインのユマを演じたのは、演技経験のない佳山明。当初の設定は、脊髄損傷を負った女性という設定だったが、佳山と出会い、障害の種類など、彼女の人生の経験に沿った脚本に変更した。
「彼女はもともと持っているピュアさがある。私にとって、演じるということは、役柄が前に出るより、言われたことに対するキャッチボールの仕方が、重要だと思っています。それが明ちゃんは特に優れていて、自分の意思で返す、というところが、ユマの役のイメージに合った。脚本を書き換えたのも、彼女が持っている素朴さ、素敵さを引き出したかったから。明ちゃん自身は13歳で寮に入って、それからはひとりで生活しています。別の方から聞いた、『脳性まひの娘からとにかく目が離せない。でも娘に嫌がられてしまいます…』という話を基に、ユマの母娘の関係を作っていきました。母親でも女性だし、人間。子供に盲目的になってしまう方も多いけれど、お母さん自身もっと自分を大切に、楽しいこともしたらいいんですよ、と伝えたいです」
車椅子で生活する主人公を撮るために、監督自身が車椅子をレンタルし、その動きを体感、共演者やスタッフも専門のヘルパーから車椅子生活者の知識やバリアフリーについて学んだ。「とにかく画角にこだわりました。ユマの目線で第三者が見るという映像から、箱に閉じ込められているような映像。そして観客がユマと寄り添って共に前進していくような映像作りを意識しました。あとは、スタッフ全員が明ちゃんのために、つねに楽しませてくれたのが助かりました」と振り返る。
マイノリティと呼ばれる人々へのフラットな眼差しは、自身が育った境遇や、米国での経験から自然と育まれたものだそう。「デビュー作は戦後のレズビアンの話ですし、黒人と白人が恋愛できない時代を描いた作品もあります。世の中で一般じゃないと思われてるのが、他の国に行けば常識だったりすることもある。その違いを受け入れれば、みんな誰もが同じということに気づく。そうすると、人種差別やジェンダー差別がなくなる。そういった、当たり前のことをまだ知らない人達にお見せしたい。そういう気持ちでミックスジェンダーなどを扱ってきました」
「私の祖父母が大阪で鉄工所を営んでいて、指がなかったり、耳が聞こえなかったり、いわゆる障害者と呼ばれる方たちも働いていたんです。子供のころからそういう方が常にまわりにいる環境で育ったので、私にとっては特別な区別はなくて、逆に健常者の大人の方が、悪口を言ったり、嫌な人が多かったように感じます。そして高校3年からアメリカで暮らし、そこでは私がマイノリティでした。アメリカにいる時は人種差別もありました。特に学校の先生から、パールハーバーのことなど言われました。仕事でもアジア系の女性というだけで、チャンスは狭くなりましたし。日本に帰ってきたら、マジョリティになるけれど、一体、マイノリティって何? 同じ人間としてくくればいいんじゃない? そういう風にいつも思っていました」
差別をも乗り超えて成功したのは、才能はもちろんのこと、エネルギッシュな監督のキャラクターもあるのでは?と向けると、「生まれ育ったところの環境がその後の人生に影響を与えるかもしれないけれど、それを打ち破る力を人間は持っていると思います。アメリカは100パーセント自分ががんばらないと助けてもらえないんです。みんな自分のことで手一杯だから、自分が前に進まないと。でも、もちろんヘルプを求めれば助けてくれるし、反対に人を利用する人もいる。それはどこも同じ。人がやりたいことを邪魔したり、ノーという人はあまりいません。私たちのパワーは無限。できないって、思わされるのは、どうでもいい社会のルールであったり、新しいことにチャレンジすることを恐れる自分自身だったり、“常識”と言っている環境であるだけ。何でもできますよ。この世の中。全て自分次第です」と常にポジティブに捉えている。
舞台女優、カメラマンなど様々なキャリアを経て、映画監督に。現在はクリント・イーストウッドやクエンティン・タランティーノらが所属する大手エージェントに所属。今作の評価をきっかけに、ハリウッドからもオファーが殺到している。映画製作が自身の“使命”だと思うようになったきっかけを語る。
「デビュー作の『Tsuyako』が世界をまわり、見てくださった方の反応に感激しました。2011年で、まだLGBTが今ほどクローズアップされる前だったのですが、50代の男性が号泣して、今から家族にカミングアウトする、自分にとって、新しい一歩を踏み出す映画になったと言ってくださいました。ひょっとしたら、私はこういう映画を作ることが使命なのかも、と思ったんです。映画製作は家族のようなもの。皆でひとつのものをつくる、というのが大好きなんです。映画はひとりではできませんから。その中で、何を作るかを考えたとき、世界中の人がハッピーになれるもの、他の人に優しくなれるもの。人間と自然も一緒に包みこむようような作品を作りたいと。今、テレビシリーズも進行中のものが3作くらいありますが、ビジュアルアーツという分野で、どんなメディアで見ても、ストーリーを通して、メッセージやポジティビティが伝われば。10年後はわかりませんけどね、『もうやりきった!』って、世界のどこかで学校を開いているかもしれません」
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