【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「ビクラムの正体 ヨガ、教祖、プレデター」
2020年2月2日 17:00

日本でも頻発する権力者による性暴力事件。それにゴーン逃亡事件を混ぜ合わせたような話が、本作で描かれるビクラム・チョードリーの現在進行系の物語である。はっきり言ってかなり不快で気色悪いが、私たちが権力と対峙しなければならないときの学びはたくさんある。そういう作品だ。
摂氏40度以上という高温の中でヨガをおこなう「ホットヨガ」は日本でも人気だけれど、その創始者とされているのがビクラムで、彼が始めた「ビクラムヨガ」は世界中に広まっている。ビクラムはこれで大富豪となった。
本作は、そのビクラムが実はレイプ魔だったということを性暴行被害者たちの証言をもとに明らかにしていく内容である。本人たちが実に生々しく証言している。「ビクラムがそのとき、アレを押し付けてきた」といったストレートな発言がたくさん出てくるのだ。
ビクラムは1970年代に「インドのヨガ大会で3回優勝した」という触れ込みでアメリカにやってきて、当時の大統領だったニクソン(ウォーターゲート事件で失脚したあの人です)の病気を治し、それで永住ビザが手に入ったとアピールし、金持ちの街ビバリーヒルズでヨガ教室を開き、これが大当たりした。
ビクラムのビジネスモデルは、1万ドルもする高額の講師養成講座をひらき、それで講師になった生徒たちをフランチャイズの店舗に派遣していくというものだ。これはまさに日本でも自己啓発や情報商材、スピリチュアル系などで行われている手法と同じだ。
そして講師養成講座は、過激な自己啓発セミナーのよう。もちろんヨガのメソッドを教えるのが基本なのだけれど、ある個人をみんなの前で褒めたり酷く罵倒したりして精神を支配し、集まっている生徒たちは家族であることを強調する。ホットヨガなので非常に暑い室内で9週間も実技指導を受け、つねに睡眠不足で、満足な食事もとれず、外出禁止で、判断能力が落ちているところに、ビクラムの言葉が埋め込まれていく。
おまけに全員が水着姿で、参加者の女性のひとりは「性的な雰囲気が立ち込めていた」と証言している。そういう中で、自分だけはスイートルームに泊まっているビクラムが参加者の女性を部屋に呼び、そして無理やり……ということが何度となく繰り返される。後に性暴力を受けた女性たちが起こした裁判は、6件にものぼった。それでも氷山の一角かもしれない。
閉鎖された空間の中で同調圧力を高められ、意に沿わないことをされてしまう……というのは、宗教カルトや自己啓発セミナーなどでもよく見る光景だ。そしてこの空間の中でビクラムは、まるでカルト教祖様のように絶対的な権力者として振る舞う。
性暴力被害を受けた女性のひとりがついに声をあげた際、講座参加者の別の女性はフェイスブックに「悲しい……こういう事が起きるのは、人が絶対的な権力を持ったとき」と投稿した。すると他の参加者たち、それまで友人だったはずの人たちから彼女に対して、批判や憎しみの言葉が矢のように返ってきたという。
ヨガ教室をすでに開いていた男性の生徒は、性暴力が実際にあり、被害者がたくさんいることもわかりつつ、それでも泣きながらカメラの前でこう話す。「彼は僕にはよくしてくれたんだ。だから今の僕は、彼なしには存在しない。彼らが公の場であんなことを口にするなんて。みんなの前で……。父親を抹殺されてるみたいだよ」
被害が明らかになっていく中で、ビクラムの女性顧問弁護士は解雇される。セクハラと性差別、不当解雇で彼女もビクラムを訴える。公判前手続きで別の女性弁護士が証言録取を行おうとビクラムに面会すると、ビクラムはひたすら弁護士の言葉をさえぎり、罵倒する。挙げ句に「お前のような驢馬を100年訓練したところで、馬にはなれない」などと中傷する。
元顧問弁護士は言う。「ビクラムは自分のことを、法の上の存在だとおもっている」
権力は、つねに腐敗する。それは政治権力を指して使われがちな言葉だが、腐敗するのは政治権力だけではない。閉鎖的な場での強い権力は、会社だろうがセミナーだろうが学生サークルだろうがボランティア活動だろうが、つねに腐敗するのだ。あらゆる権力がそうなるのだ。
元顧問弁護士が起こした裁判は、陪審員の全員一致で被告の全面勝訴となり、ビクラムに750万ドルの損害賠償を支払う判決がくだされた。
しかしこの後の展開は、まるでカルロス・ゴーン事件だ。なんとビクラムは賠償金を支払わないまま、アメリカから出国してしまうのである。タイに滞在していたビクラムを追いかけてアメリカの執行官が令状を渡そうとすると、怒鳴り倒されて暴力まで振るわれる。そうして彼は逃げ切って、いまも海外に滞在している。しかも事件発覚後の2018年も2019年も、メキシコやスペインで講師養成講座をひらいているのだ。
グローバル時代における権力とは何か、ということの一端が本作には浮き彫りになっている。決して超大国アメリカだけが権力ではないし、国民国家の政府だけが権力なのでもない。権力はいたるところに潜んでいて、しかも国境を容易に越えて影響を及ぼすことさえ可能になっているのだ。
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