注目の女性監督が米国へ伝えた“高校野球の真実”「日本社会の縮図が見えてくる」
2019年11月20日 14:00
ニューヨークに拠点を置く注目の女性監督がいる。その人物の名前は、山崎エマ。代表作は、絵本「ひとまねこざる」(おさるのジョージ)シリーズの原作者ハンス&マーガレット・レイ夫妻を題材にしたドキュメンタリー「モンキービジネス おさるのジョージ著者の大冒険」だ。山崎監督が本作を手掛けたのは、26歳の頃。クラウドファンディングで資金を集め、レイ夫妻の遺産管理団体から許可を得て、製作にこぎつけた。そんな彼女が新作ドキュメンタリー「Koshien:Japan’s Field of Dreams」を発表。米国最大のドキュメンタリーの祭典「Doc NYC」に出品された本作への思いを、山崎監督が答えてくれた。(取材・文/細木信宏 Nobuhiro Hosoki)
NHK、NHKエンタープライズ、アメリカのシネリック・クリエイティブとともに製作した「Koshien:Japan’s Field of Dreams」は、メジャーリーガーとして活躍する大谷翔平や菊池雄星を輩出した花巻東高校野球部の佐々木洋監督、その彼が師とあおぐ横浜隼人高校の水谷哲也監督の“知られざる絆”を描き、2人が熱い想いを胸に挑んだ「第100回全国高等学校野球選手権記念大会」をとらえたもの。山崎監督を含むアメリカの撮影チームが1年をかけて記録した作品で、教育の最前線に立つ指導者と、汗まみれで、ひたむきに練習に打ち込む選手の姿を活写している。日本では、18年8月にNHK総合テレビの「ノーナレ 遥かなる甲子園」、3月にNHK・Eテレの「ETV特集 HOME 我が愛しの甲子園」として放送。「Doc NYC」では、完全版として再構成した94分の映画バージョンが上映された。
高校卒業後、ニューヨークで9年間暮らした山崎監督。「モンキービジネス おさるのジョージ著者の大冒険」の製作を終え、17年に東京で新たなドキュメンタリーの題材を探していた。「私の出身は西宮。実家から15分位の場所にある甲子園は、身近な存在だったんです。日本に戻って、久しぶりに高校野球を見たのですが、打ち合わせに行っても、居酒屋に行っても、どこに行っても高校野球がテレビで流れていました」と日本への郷愁にかられていた時、あることに気づいたそうだ。
「“普通の日本人”の姿に感動している自分がありました。電車が時間通りに来る、ラーメン屋にきちんと列で並ぶ、ゴミが落ちていない。小さい頃は、なんとも思わなかった光景に感動していました。そういう視点で高校野球を見てみると、ヘルメットが美しく並んでいたり、チームのために一丸となっている――もしかしたら高校野球を観察すれば、日本社会の縮図が見えてくるかもしれないと思いました」
高校野球をテーマにしたドキュメンタリー作品は、これまでにも日本では数多く製作されてきたが、海外の撮影クルーが長期撮影を敢行するのは、ほぼ前例がない。第100回の記念大会であることから「歴史的な部分でも甲子園を振り返ることができる」と考えていた山崎監督は、日本高等学校野球連盟、朝日新聞の協力も得ることになった。
100年の歴史を有する高校野球。取材対象者の数は膨大だが、どのように絞り込んだのだろうか。
「高校野球を通じて、日本のことを知ってもらいたいと考えた時、アメリカでは、日本人メジャーリーガーの母校を取り上げれば“入口”として興味を持ってもらえるんじゃないかと思ったんです。そう考えていたのは、ちょうど大谷選手がアメリカに行くタイミングのことです。メジャーリーガーが通った学校、そしてもうひとつは、野球がアメリカから輸入されてきた場所“横浜”でした」
高校野球の激戦区・神奈川の横浜を取材先として意識するようになった頃、転機が訪れる。徳島・池田高校を率いた蔦文也さんの孫であり、「祖谷物語 おくのひと」「蔦監督 高校野球を変えた男の真実」を手掛けた蔦哲一朗監督から、横浜隼人高校の水谷監督を紹介されたのだ。やがて、撮影クルーとともに横浜隼人高校に足を運ぶと、あることに驚かされたという。
「挨拶や規律が、本当に古き良き昭和というイメージでした。びっくりして涙が出るくらいだったんですが、それがわかりやすく“日本的”だとも思えたんです。こういう学校を選べば、もしかしたら私が強調したかった“日本独特の良さ”という部分が伝わるかなと思ったんです」
そして、水谷監督がオープンに撮影させてくれたことが、本作の重要な鍵となった。「ドキュメンタリーは、どれだけ撮らせてもらえるかによって撮れ高が変わってきます。(撮影クルーの存在は)ある程度邪魔になってしまいますし、少ししか撮らせてもらえなかったら、映画として成り立ちません」と水谷監督に感謝を示す。間近で見続けた指導については「水谷監督は“人間形成”を第一に掲げ、野球だけでなく人間性を高める指導をしていらっしゃった」と振り返る。
「高校野球は、教育の一環として扱われています。『挨拶の仕方』『整理整頓』『ゴミ拾い』が“野球に影響する”という認識で指導が行われていました。日頃の行いが、野球のプレイに全て繋がるという認識。私生活の細かな部分に注意を払う高校球児たちを見続けました」と語る山崎監督。この意識が日本人に浸透し、規律が整う“日本社会の土台”になっていると判断したそうだ。
11月12日(現地時間)、ニューヨークで行われたワールドプレミア上映では、アメリカ人の観客たちから「日本人がこんなに感情豊かだったとは知らなかった」「高校生や監督の感じている“責任感”から、私たちも学ぶことがある」という感想を得た。山崎監督は「日本の心の部分を、伝えられたかな」と実感したようだ。学生時代はモダンバレエ、現在は映像で表現を追求している山崎監督。自身のフィルターを通じて、今後はどのように新たな映像を伝えていくのだろうか。さらなる活躍を期待したい。