「ぼくいこ」安田顕&大森立嗣監督が感銘を受けた、倍賞美津子の“奥深さ”
2019年2月22日 19:00
[映画.com ニュース] 宮川サトシ氏による人気エッセイ漫画を映画化した「母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。」(公開中)。衝撃的なタイトルだが、その中身は最愛の母の死との向き合い方とその後が、温かくも丁寧に描かれている。劇中で母子を演じた安田顕、倍賞美津子、メガホンをとった大森立嗣監督に話を聞いた。
本作は、宮川氏の実体験に基づき、がんになった母との最期の日々から葬儀、そしてその後の人生が描かれる。主人公サトシを安田、サトシの母・明子を倍賞が演じ、松下奈緒、村上淳、石橋蓮司らが共演した。
脚本も手がけた大森監督は「剛速球で直球な原作だったので、どうやって映画にしたらいいのか悩みましたが、サトシ以外の視点も入れてチャレンジしてみようと思いました。サトシの家族は温かくて良いですよね。でも、ときどきぶつかったりもする。そういうときの明子を演じる倍賞さんのバーンとした物言いが大好きでした。深いところではつながっているという親子関係がいい」と語る。
最愛の母のために奔走するサトシを演じた安田は「見終わった後、いつもより周りの人に優しく接することができる自分がいました」と変化を告白する。自身の母親を思い浮かべたといい「今もたまに電話をしますが、まあ、3分もたないです(笑)。高校を卒業してから、なぜだか自分の親はそのときの年齢で止まっているような感じがしていましたが、この作品を見てから母に会うと『年とったんだな』って感じるようになりました」としみじみ。
偶然にも、安田の母親は倍賞と同じ誕生日。「毎年、『誕生日おめでとう』ってメールを送っています。僕の誕生日に母からメールがきたときには、いつもだったら『身体に気をつけて頑張りなさい』って僕のことだけだったのに、この間は『身体に気をつけて、これからも私を楽しませてください』って自分のことを書いてきた。どうしたって思ったけれど、わざとですかね? 気になっちゃって」と打ち明ける。
不思議がる安田に、倍賞は「子どもに弱く見せるっていうのは、わかるかもしれない」と母の気持ちを理解する。大森監督は「うちは崩壊している家なので、そういう意味ではこれ以上壊れない(笑)」と頭をかき、「この映画を撮りながら、親とどうやって付き合っていけばいいか考えたりはしました。ただ、うちは弟(大森南朋)がしっかりしているので、『南朋よろしく』って言っておけばだいたい大丈夫。『私も好きに生きるから、あんたたちも好きに生きなさい』っていうような家庭だったんです」と感謝を述べる。
劇中には、サトシを演じた安田、兄役の村上、父役の石橋の3人が琵琶湖を訪れるシーンが登場する。安田らが服を脱ぎ琵琶湖に向かっていく姿が印象的だが、大森監督によると「安田さんたちを全裸にしていいか悩んでいたときに、倍賞さんが『そんなもん全裸でしょう』っておっしゃってくださった(笑)」と背中を押してくれたという。
倍賞は「だって、チャーミングじゃないですか。前のシーンで男の人たちが真面目な会話をして、そこから一気に無邪気になってポーンと湖に入っていく。私の役柄から見たら『なんてチャーミングな旦那と子どもなんだろう』って思ったんです。そういう意味で、全裸で行ったほうがいいって言っちゃいました(笑)」と意図を明かす。
安田は「すてきな場面により拍車がかかりました」と、倍賞の提案がしっくりきたそう。撮影は9月末に行い、「意外と琵琶湖は温かかったです。石橋蓮司さんが遠くで『どうだー』って聞いてきて、『意外と温かいです』って答えていました。映画では石橋さんが入る途中で切っていますが、実際の撮影では石橋さんが入られてからカットがかかりまして、その瞬間に『寒いじゃねーか、ばかやろう』とおっしゃっていました(笑)」と振り返り、3人で笑い合う。
さらに、安田にとっては、学生時代のサトシが学校から親に見せるよう渡された手紙を読む明子のシーンが忘れられないという。サトシにある病気の疑いがあると書いてある手紙を読むという場面で「明子が手紙を読んで、顔上げて後ろのサトシを見るだけのシーン。動作としてはいたってシンプルなのですが、その中に倍賞美津子さんという役者さんが積み重ねてこられた“心のひだ”が見えたような気がしたんです。その演技がじわじわきちゃって、役者さんの奥深さって、そういうことなのかなって」と感動を伝え、大森監督も「どこかでご自身が経てきたものが出てきちゃうみたいな」と同意する。
倍賞は「そういうことってたまにありますよね。映画を撮ってその地の空気を吸っているといろんなものが渦巻いて、その場で感じる空気感のようなものがある」と、撮影の地での空気が芝居につながることもあると明かす。
この倍賞の言葉にハッとした様子の安田は「思い出したことがあります」と、ある裏話をしてくれた。「撮影中に倍賞さんから『昨日は何やっていたの?』って聞かれて、部屋にいましたと答えたら、『外に出なさい。外に出たから、私はいいことがあったよ』と言われたんです。倍賞さん、散歩に出かけた街の商店街で小さい本屋を見つけたそうです。そこになぜか大森監督のお父さん(麿赤兒)の書いた本が置いてあって、親子3人の鼎談がのっていたと」。
倍賞は「1冊だけあって、その本買っちゃったんです。大森監督にも見せました。そういう奇跡のような偶然がある。だから、映画の撮影って好きなんです」といたずらっぽく笑っていた。
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