パリに突然現れたバンクシー作品 覆面アーティストの狙いは?
2018年7月28日 11:00

[映画.com ニュース] 6月末に、突然パリの街の10カ所に現れたバンクシーのグラフィティアートが話題に上っている。例によって神出鬼没なアーティストゆえ、気づけばいつの間にか壁画が描かれていたという状況だ。とくに目立つところではなく、カルティエ・ラタンの路地、橋の脇、庶民的なエリアの低所得者用住宅(HLM)の壁など、場所はさまざま。そのなかでもっとも耳目を集めたのは、2015年の11月13日のテロで130名の死者を出したコンサート会場、バタクランである。裏の通用口にひっそりと描かれているのは、頭巾を被った少女のような立像。そのまだらな顔は彼女自身が負傷しているようでもあり、涙を流し喪に服しているようでもあり、あるいはファントムのようにも見える。知らずに前を通って遭遇すると、ぎょっとさせられるような様相だ。事件から3年目を迎え、人々の記憶が薄れ始めているタイミングは、再び我々の注意を喚起して、いかにもポリティカルな矜持を貫くバンクシーらしい。他にも移民問題を示唆する作品などがある。
もちろん、勝手に公共の場に手を加えるグラフィティは違法であるが、パリ市側は歓迎しているようだ。パリ市長のアンヌ・イダルゴはツイッターにバンクシーの壁画を載せ、「ひとつのイメージは往々にして千の言葉よりも雄弁に物語る。ありがとうバンクシー」と書いている。駐車場に絵を描かれたパリ市立近代美術館のディレクターも、「バンクシーはわたしたちに何も知らせないですが、彼の作品を保護するのはわたしたちの義務です」と言う。バタクランの経営者は、「バンクシーはグラフィティアートのような束の間の表現手段がパワーを持つと考え、あえてそれを選択している。彼のアートはその作品を狙って悪巧みする連中やそのマネー、人々の過剰な反応や宗教観といったものから保護されるべき、偉大な価値のあるものです」と語る。10カ所のグラフィティのなかにはすでに消されてしまったものがあるものの、バタクランをはじめいくつかの作品は、プラスチック板で保護されている。

もともと違法に描かれたグラフィティアートを保護するべきかどうか、保護するのは良いとしても、その扱いをどうするか、という問題をまさに考えさせてくれるのが、日本でも公開されるマルコ・プロゼルピオ監督のドキュメンタリー、「バンクシーを盗んだ男」である。バンクシーに関するドキュメンタリーはこれまでにもあったが、本作は初めてバンクシーと彼にまつわる世情を客観的に第三者の視点から描いた作品だ。
2007年、バンクシーと彼が声をかけたアーティストたち14人が集まって、パレスチナ自治区ベツレヘムの分断壁に壁画を描いたプロジェクトは当時大きく報道されたが、本作はその5年後に監督が現地に赴き、実際に現地の反応、その余波を追ったもの。壁画のなかでバンクシーが描いた「ロバと兵士」は地元でバッシングを受け(ロバがイスラム社会ではよく思われていないため、自分たちがロバ扱いされたと思ったパレスチナ人の怒りを買った)、その後、壁から切りとられさまざまな人の手を経てロンドンの高級オークションハウスに送られる。だが希望価格を下回る値しかつかなかったため、いまも倉庫に眠っている。

こうしたアートビジネス狂騒曲のなかで浮き上がるのは、グラフィティアートを勝手に切り取り売買して儲ける人々をいかに取り締まれるか、という問題だ。その一方でコレクターや美術館は芸術作品を保護する大義を唱える。さらに、元の場所から切り離されて展示された作品は意味を持たないとする意見や、それでも作品のメッセージは変わらないという者もいる。たしかに作品の持つメッセージは変わらないが、アーティストによって選ばれた場所に存在するという文脈があるのとないのでは大きな違いがある。なによりインパクトは確実に異なるのは否定できない(いかに我々の想像力があろうとも)。とはいえそれでも、バンクシーの作品を観たいというファンは世界中にいるだろう。わたし自身も昨年、アムステルダムのMOCO美術館で開催されたバンクシー展を観に行った際、まとまった作品群を生で観られたことに感激した。
もうひとつこの映画が浮かび上がらせるのは、市井の人々の感情だ。本作の隠れた主人公とも言えるベツレヘムのタクシー運転手(バンクシーの作品を切り取る一翼を担った)は、「壁にアートが描かれても壁はなくならない。世界が変わるわけじゃない。偽善者ぶるな」と毒突く。それならまったく効果がないかと言えば、人々の関心を集めるという点では少なくとも貢献していると思えるが、絶望にくれた市民の率直な声は心に迫る。
あくまで匿名性を維持しながらラジカルに活動を続けるバンクシーの存在は、今日も世界のあらゆるところに波紋を投げかけている。(佐藤久理子)
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