「大親父と、小親父と、その他の話」に漂うベトナム・ニューウェーブの気配
2017年11月5日 19:00
[映画.com ニュース] 第30回東京国際映画祭のCROSSCUT ASIA部門では、アジアの名匠が選ぶ若手作品選「ネクスト!東南アジア」が開催された。「エタニティ 永遠の花たちへ」のトラン・アン・ユン監督が推薦した本作は、人口統制のためパイプカットを奨励する政策を打ちだしていた21世紀初頭のベトナムを舞台に、やるせない青春群像を描いた「比類なき傑作」(ユン監督の言葉)。「ビー 心配しないで!」(2010・大阪アジアン映画祭2011で上映)に継ぐ異才監督の第2作であり、父子の屈折した愛情をときに大胆に描いて、ベトナム・ニューウェーブの気風を感じさせる。同様な世代断絶を描く予定の新作にも大いに期待を寄せたい。
ファン・ダン・ジー(以下、ファン監督):この映画は、これまでに海外の50を越える映画祭で上映されてきましたが、日本で上映されるというのは特別な意味をもっています。日本文化から受けた恩恵はひとかたならないものがあり、映画作りや芸術に関わる過程で重要な意味をもつ文学作品、映画作品に私はたくさん触れてきました。だから、日本で続けて上映されることにたいへん感動しています。
ファン監督:実は、私が日本文化に魅かれたのは文学作品が最初でした。日本の小説を読むことで映画を作りたいと思うようになりました。好きだったのは川端康成、三島由紀夫、大江健三郎であり、彼らの影響を多く受けています。彼らの文学がアジアの文化を世界に認めさせたと思っているくらいで、自分では意識しないでも、そうした日本文化の影響を受けているんでしょうね。
ファン監督:これは実際にあった話で、90年代のアジア通貨危機の折にベトナムではその煽りを受けて、政府が人口統制を推し進めました。産むのは女性ですが、男性にその能力がなければ生まれないことを勘案し、ふたり以上の子どもがいる勤労者に対して、パイプカットを奨励する政策を施行したんです。それも自治体ごとの振り分けがあり、男性勤労者の構成比率の何割かはパイプカットしてもらうという決まりでした。でも誰も行きたがらず、自治体責任者は政府の罰金を恐れるようになった。そこで貧しい未婚の学生や若者に報奨金を支払ってまで政策を奨励する自治体まで現れました。当時の国情を象徴する興味深い事件です。今でもベトナムでは産児制限に近い政策が存在しますが、当時ほど貧しくないので、若者がパイプカットをすることはまずありません。
ファン監督:脚本に関しては、素早く状況を提示し、ただストーリーをなぞるのではなく、抽象的なレベルで語っていくのが大切だと考えています。
ファン監督:本当に不思議な現象なのですが、ベトナムの男性というのは世代間のつながりが薄く、その隔たりをつなげているのは女性です。女性の居ない家庭では父と子の絆が希薄です。
レ・コン・ホアン(以下、レ):ぼくは年も若くて経験も浅いので、深い理解というのはまだないですが、社会における断絶を少しは感じることがあります。でも若い世代、自分と同じ20歳くらいの男女の関係のほうが今はよく理解できます(笑)。
ファン監督:この映画でいちばん伝えたかったことは、愛情にはいくつもの顔、いくつもの表情があるということでした。それは感覚に根ざしたものであり、多分に抽象的なものです。たとえばヴァンは柔和なときもあれば、挑発的なときもあり、薬に酔って悲しいときもある。そのときどきの愛情を顔に湛えているわけであり、ヴーにしても同様です。現像している写真がだんだん見えてくるように、愛情だけが真実を浮かび上がらせるさまを描こうとしました。
レ:本当は苦労だらけの現場で、スクリーンに出てこない苦労もたくさんありました。じゃれ合うシーンは、ヴァン役のドーティ・ハイ・イェンさんとタン役のトゥオン・テェ・ヴィンさんがプロの俳優で、助けてくれたので難なくできました。でもお酒のシーンは本当に飲むべきかどうか散々悩んで、結局飲みました。それで、ぐでんぐでんに酔っぱらいました(一同笑)。
ファン監督:吐くくだりはすべて本当のことです(笑)。コンはプロの役者ではなくて、その瑞々しさに惹かれて抜擢しました。映画出演の経験がなかったため、クランクインまでに2年をかけ、その間に緊密なコミュニケーションをとっていたので、現場ではもうすっかりキャラクターになっていました。
ファン監督:ドーティ・ハイ・イェンには私も大いに助けられました。というのも、女優としてもおっしゃるとおりなのですが、夫と組んで本作に出資してくれたエグゼクティブ・プロデューサーでもあったからです。撮影中は大いに励まされたし、現場に緊張が走るとその場を和らげてくれました。
ファン監督:実は最初は、「ビー 心配しないで!」で組んだクアン・ファン・ミンが撮影監督に決まっていて、ロケハンまで一緒に行ったのですが、彼が撮影に入る間際に長らく恵まれなかった子宝に恵まれて、「映画が子どもよりも大切なことはないから傍に居てあげて」と急遽代役を探すことになりました。グエンに決まったのは、プロデューサーのチャン・ティ・ビック・ゴックのおかげです。彼女の当時の恋人だったのです(苦笑)。
ファン監督:でも、グエンはエンタテインメントの撮り方に慣れていて、私の映画は全然違うので、最初のうち居心地悪そうにしていて怒りだすこともありました。周囲にこのプロジェクトは続けられないのではと気遣われたくらいです。だから私はどっしりと構えるようにして、きっといい仕事をしてくれるはずだからと、彼が怒っても過剰な反応は慎んで、「大丈夫だから」と自分に言い聞かせて撮影を終わらせました。撮了後もしばらくしこりが残りましたが、いまは良好な関係を築いています。
ファン監督:一番つらかったのは、間に立っていたプロデューサーのゴックでしょうね。監督と恋人の間でいがみあいが続いていたので(笑)。いろいろありましたが、短期間の準備であれだけの素晴らしい映像を撮ってくれたグエンには本当に感謝しています。
ファン監督:過去の2作と同様、男性を主人公にして、世代間の断絶を扱った『フルムーン・パーティ』という作品を準備しています。同じテーマを扱った3部作の末尾を飾る作品です。
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
犯罪が起きない町で、殺人事件が起きた――
【衝撃のAIサスペンス】映画ファンに熱烈にオススメ…睡眠時間を削ってでも、観てほしい
提供:hulu
映画料金が500円になる“裏ワザ”
【知らないと損】「映画は富裕層の娯楽」と思う、あなただけに教えます…期間限定の最強キャンペーン中!
提供:KDDI
グラディエーターII 英雄を呼ぶ声
【史上最高と激賞】人生ベストを更新し得る異次元の一作 “究極・極限・極上”の映画体験
提供:東和ピクチャーズ
予想以上に面白い!スルー厳禁!
【“新傑作”爆誕!】観た人みんな楽しめる…映画ファンへの、ちょっと早いプレゼント的な超良作!
提供:ワーナー・ブラザース映画
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。
内容のあまりの過激さに世界各国で上映の際に多くのシーンがカット、ないしは上映そのものが禁止されるなど物議をかもしたセルビア製ゴアスリラー。元ポルノ男優のミロシュは、怪しげな大作ポルノ映画への出演を依頼され、高額なギャラにひかれて話を引き受ける。ある豪邸につれていかれ、そこに現れたビクミルと名乗る謎の男から「大金持ちのクライアントの嗜好を満たす芸術的なポルノ映画が撮りたい」と諭されたミロシュは、具体的な内容の説明も聞かぬうちに契約書にサインしてしまうが……。日本では2012年にノーカット版で劇場公開。2022年には4Kデジタルリマスター化&無修正の「4Kリマスター完全版」で公開。※本作品はHD画質での配信となります。予め、ご了承くださいませ。