「ひかりのたび」主演・志田彩良、新鋭・澤田サンダー監督と歩んだ“生涯一度”の日々
2017年9月15日 18:00
[映画.com ニュース] 映画界の未来を担う2人の新鋭が力強い一歩を踏み出した――伊参スタジオ映画祭シナリオ大賞2015中編の部大賞受賞作「ひかりのたび」は、メガホンをとった澤田サンダー監督にとっては商業映画デビュー作、瑞々しい演技で物語の中核を成した女優・志田彩良にとっては長編映画初主演を飾った記念碑的作品だ。足並みをそろえて歩んだひと夏の“旅”。ともに初挑戦の場となった静ひつな物語には、唯一無二の“光”を放つ2人の魂が刻み込まれていた。(取材・文/編集部)
群馬県・中之条市を中心に撮影された同作は、外国人に日本の土地を“売り飛ばしてきた”不動産ブローカーの父と、各地を転々としたことで失われた“故郷”を思う高校生の娘の物語だ。岡本太郎現代芸術賞に入選し、現代美術のフィールドでも活躍してきた澤田監督は、かつて不動産ブローカーとして働いていた頃の体験を基に紡いだオリジナルストーリーによって「人間の命にはまぎれもなく“価格”がついている」というメッセージを投げかける。
澤田監督「経済に関する本を読んでいた時、アメリカの軍事統計学の引用があったんです。イラク戦争における米兵ひとりの“命”の値段はいくらか、何%の被害が出たら撤退を余儀なくされるのかといった内容。例えば、スナイパーが登場する映画は、狙撃される人物がある程度お金を動かせる人物でないと成立しない。お金が動けば、人殺しすら成り立ってしまうのではないか――その軍事統計学のインパクトを、一般の方にもわかりやすく伝えるにはどうすればいいのかと考えていました」
テレビ番組「カンブリア宮殿」のナレーションや「ソロモンの偽証」で知られる名バイプレーヤー・高川裕也が演じた不動産ブローカー・植田登は、周囲の恨みを買いながらも、自然豊かな田舎町の土地を淡々と“金”へと変化させていく。底知れぬ悪として存在感を発する父に対し、負けず劣らずの魅力を放たなければならない娘・奈々役のキャスティングは約5カ月の歳月を要することに。最終的に志田に白羽の矢が立ったのは何故なのだろうか。
澤田監督「不動産ブローカーの娘は、父の汚い側面を理解しないといけない。そして、父とは同じ人間にならないはずなので、逆方向の矢印を持っていなければなりませんでした。志田さんはドラマ『ホラー アクシデンタル2』(第5話『資本論』)では男の会社員を惑わしていく危うい役、短編映画『サルビア』(監督:西中拓史)では弟が自分のせいで亡くなってしまったという罪悪感を抱えている役どころ。2作の芝居を見て、自分が感じていた足かせを外してくれそうな役者さんだと思ったんです」
撮影当時は17歳になったばかりだった志田。澤田監督が提示した難解なテーマを理解するべく「まずはお父さんの仕事を理解しようと思いました。自分で不動産ブローカーについて調べたり、台本からも『こういう仕事なのかな』と読み込みました」と奮闘したようだ。
志田「現場に入る前、何度か台本を読み合わせる機会を通じて、少しずつ奈々ちゃんのキャラクター像が出来ていきました。でも、完全に理解したのは現場に入ってからです。それまではお父さんとの距離感がわからなかったんですが、高川さんとの共演を経て、自然と関係性が出来上がっていたんです」
「原色を入れない」「現代らしさをなくす」という意図を込め、伊参スタジオ映画祭授賞式からモノクロ作品として完成させることを目指していた澤田監督。「自分が出演している作品では初めての手法」と話す志田は「最初は現場で見ていた緑の多い景色が本当に綺麗で、なんで色をわざわざ消そうと思ったんだろう」と感じていたそうだ。だが、完成した映像を見ると「本当に美しくて、監督がモノクロにした意味がわかりました」と驚きを隠せなかった。音楽を担当した狩生健志によるスコアが彩った“白と黒の世界”の美しさ――澤田監督の揺るがぬ決意は、主演女優の賛辞というかけがえのないものを生み出す結果となった。
澤田監督にとって、伊参スタジオ映画祭のバックアップを受け、群馬県・中之条市で撮影を行ったのは2度目のこと。10年度の同映画祭受賞作「惑星のささやき」の製作を経ていたため「土地柄を知っていたのは大きい。土地勘があるというのは重要なことで、前回では絶対に感じることができない点です」と振り返る。ひとつの場所にとどまって撮影を行うスタイルは、志田にとっては初めての経験だったようで「すごく家族が恋しくなって(笑)。夜になると、いつもお母さんとお父さんにビデオ通話していました」と告白。だが、撮影の合間に交わした高川との何気ない会話、そして撮影の合間にスタッフたちと行った本格的な流しそうめんや最終日の花火など、澤田組で経験したひとつひとつの出来事が、初々しい彼女の挑戦をしっかりと支えていた。
モノクロという手法に加え、様々な“ズレ”の効果を狙ったオールアフレコ、クライマックスにおけるストーリーから飛躍した演出など、多くのこだわりを持って商業映画デビュー作を完成させた澤田監督は「ようやく上手くいった」と自信をにじませる。「ラッシュの絵は、自分が撮影前にイメージしていたものとほぼ同じ。今後に向けてやっていけそうな気がしたんです。ただ単に面白い話をつくるという考え方は避けてきたので、その点は次回作でも意識していきたいと思っています」
「長編映画の初主演は、人生で一度きり。何年か経って見返した時に、初心に戻れるような大切な作品になるんじゃないかと思います」と言葉を紡いだ志田は、高校卒業後、女優ひと筋の道へ。「映画にもっと出られるようになりたいです。いろんな“色”を出せる女優さんになれるように頑張ります」と決意を露わにしている。“白と黒の世界”にいた日々を穏やかな表情で振り返っていた彼女に、今後何色にでも染まってみせるという強い意志、そして無限の可能性を感じた瞬間だった。
「ひかりのたび」は、9月16日から東京・新宿K’s cinemaほか全国順次公開。
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