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【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「すべての政府は嘘をつく」

2017年2月12日 07:00

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「すべての政府は嘘をつく」
「すべての政府は嘘をつく」
(C)2016 All Governments Lie Documentary Productions INC.

[映画.com ニュース] 「すべての政府は嘘をつく」(公開中)という刺激的なタイトル。いくつかの話が出てくるが、特に目を惹くのはメキシコ国境に近いアメリカ国内で、行き倒れになったメキシコ不法移民たちが身元確認もされないまま何百人も埋葬され、しかも大手メディアは報じていないという事件だ。

政府はたしかに嘘をつく。時に政治家や官僚の利己的な理由で、時には国民に知られると倫理的に困るため、そして時には政策実行のためにやむなく。隠す理由はさまざまだ。しかし理由が不当なものであろうと正当であろうと関係なしに、国民は政府が隠しているものを明らかにする努力をしなければならない。それが民主主義の社会に求められている私たちと政府の相互作用だからだ。では政府が隠しているものを、私たちはどう暴けばいいのか?

その回答にいたる道筋として、重要な人物がいる。I.F.ストーンだ。本作品では、彼の名前がくり返し引き出される。生まれた時の名前をイシドール・フェインスタイン・ストーン。20世紀初頭の1907年に生まれ、ベルリンの壁がなくなった1989年に死去した米国のジャーナリストである。

ストーンは、フィラデルフィアでユダヤ系ロシア移民の息子として生まれた。ペンシルバニア大学を中退して共和党系の新聞社フィラデルフィア・インクワイアラーに入り、新聞記者としてのキャリアをスタートさせた。時は大恐慌のころ。この時代状況を受けてストーンは左派的なイデオロギーに目ざめ、ライバル紙の民主党系フィラデルフィア・レコードに移り、さらにニューヨークポスト紙に移った。

彼はアメリカ社会党にも入党した。当時の彼はマルクスやクロポトキンの影響を強く受けていたからだ。でも彼はアメリカの左派の手に負えない党派主義や強いイデオロギー性にだんだん嫌気が差すようになって、ついには社会党を脱退してしまう。

ストーンは、共産主義者が主導するアメリカ人民戦線にも参加していた。ナチズムに反対していたからだ。しかし1939年、共産主義の中心地だったソ連のスターリンがヒトラーと握手した独ソ不可侵条約にショックを受ける。彼は友人にあてた手紙で、「スターリンはモスクワのマキャベリだ」と強く非難した。政治目的のためには、どんな反道徳的な手段も厭わない人物だ、という指弾である。

彼は左派だったが、党派性からは身を置いた。これは重要なポイントである。彼はその後、新聞社を離れて「週刊 I.F.ストーン(I.F.Stone's Weekly)」というニュースレターを発行するようになる。1953年から71年まで発行したこの個人新聞は多くの読者、支持者を集め、「20世紀の米国の最も優れたジャーナリズム100」のベスト16にも選ばれている。

彼の仕事のやりかたは、実にシンプルで堅固だった。怪しげな噂やリークに惑わされるのではなく、記事の材料は公開されている資料や発言に限るというものだ。左派であるストーンには、保守系から何度も批判され、非難攻撃された。こうした批判に向き合うために彼が考えたのは、検証可能性を大切にするということだった。公開されている資料や発言に基づく分析であれば、読者だろうが相手陣営だろうが、誰でもストーンの記事を検証でき、事実に基づいて議論することができるからだ。

これはメディア全体の問題に通じる非常に重要なポイントである。日本でもそうだが、多くの調査報道は内部情報やリークに基づいている。なかなか踏み込めないそのようなソースに肉薄して取材するのは大切だが、しかしそのように近づきにくいソースをもとに記事を書くと、他者はそれを検証できないという問題がある。

そのソースが本当に事実なら良い。しかし昨今、フェイク(偽)ニュースがあふれているのを見てもわかる通り、検証できない隠れたソースの話というのは、容易に陰謀論のような怪しげな世界に陥ってしまいがちだからだ。日本でどれだけ陰謀論があふれているのかを思い出していただければ、この意味はすぐにわかってもらえるだろう。

陰謀論をもとにして怪しげな説を振りかざし、その説を感情的に声高に叫び、自分の意見を押し込もうとする。こういう風潮がアメリカでも日本でも欧州でも、世界のいたるところでおこなわれている。

声高に叫ぶのではなく、公表されている事実をひたすら積み重ねるところからきっちり検証していく。それがストーンの立ち位置だった。これは右派左派のくだらない党派性やイデオロギーとはなんの関係ない。すべての発信者が心しておかなければならないネット時代のスタンダードである。

そう言いながら、実は本作には感情的な表現もたくさん出てくる。そのあたりは少し間引いて、ジャーナリズムの方法論を冷静に考えながら本作を観るのがオススメだ。


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