【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】ヴィヴィアン・マイヤーを探して
2015年10月11日 18:00
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[映画.com ニュース] アメリカのある若者が、ネガフィルムの詰まった箱をオークションで手に入れる。そこにはヴィヴィアン・マイヤーという誰も知らない女性の名前とともに、傑作としか思えない写真の数々があった。写真共有サイトのFlickrにアップしてみると、「最高!」「これ大発見じゃん!」という声が山のように寄せられた。そして展覧会が開かれ、写真集が出版され、専門家からも「20世紀の写真史を書き換えたかも」と高い評価を得るようになる。
それにしてもヴィヴィアン・マイヤーとはいったい誰なのか。ネットには情報がなく何の手がかりもなかったが、2年ほどして再びグーグルで検索してみると、なんと1件だけヒットする。それは奇しくも、彼女が数日前に亡くなったという死亡記事だった。若者はその記事を手がかりに捜索をスタートし、そして間もなく驚くべき事実が明らかになってくる。
彼女は写真家でもなんでもなく、乳母を仕事にしていた孤独な女性だった。「まるでナチスの行進みたいに手を振ってガンガン歩くのよ」「いい人だったけど、変人だった」「秘密主義で自分のことはまったく語らなかったよ」。彼女を雇っていたお金持ちたちは生前のヴィヴィアンについてあれこれと語る。写真を趣味にしていたのは知っていたが、まさか彼女がそんな素晴らしい才能を持っていたとは、だれも気づいていなかった。
しかしその才能は知られないまま、彼女は寂しいだけの老後を送り、亡くなった。少女を描いた膨大な物語を遺して死んだ清掃人ヘンリー・ダーガーを思い出す。あるいはまったく売れないまま姿を消したフォークシンガーの曲が、実は南アフリカで爆発的にヒットしていた話を描いたドキュメンタリ映画「シュガーマン 奇跡に愛された男」も。
インターネットが普及して、才能はたやすく発見される時代になった。忘却はされにくくなり、逆にすべてがアーカイブされ永遠に記憶されるという逆転した世界が現れてきている。そんな中で、ヴィヴィアンやダーガー、シュガーマンの物語は、私たちに古きよき時代の「忘れられるということ」へのノスタルジーをかき立てさせるのかもしれない。
それにしても、考える。人嫌いだったという彼女は、自分の作品が世界に認められなかったことを最期のときにどう思ったのだろうか。作品は評価して欲しい、でも自分が表舞台に出るのはあまり嬉しくないという思いもあったのかもしれないし、世界から賞賛を浴びたいという気持ちもあったかもしれない。ひょっとしたら、自分だけで満足して作品を撮り続けた人生に満足していたのかもしれない。いずれにしても推測の域は出ないが、人生における充足や幸せとは何なのかを考えさせられる。
人生にはさまざまな選択肢があって、いまここにいる自分はさまざまな「ひょっとしたらあり得た可能性」を捨て去りつつ、でもいまの自分を選択した結果こうなったのだ。それは自分自身の自己責任でしかないのだけれども、どこか漂泊的に流されてきたような感覚もある。そういうどこかに忘れ去ってきた可能性に思いを馳せるとき、私たちはヴィヴィアンに強く共感するのかもしれない。
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