J・R・サッローム監督「自由と壁とヒップホップ」は「若者たちの心の叫び」
2013年12月14日 13:05
[映画.com ニュース] 中東パレスチナにヒップホップ・ムーブメントを巻き起こした若者たちの姿に迫るドキュメンタリー映画「自由と壁とヒップホップ」が、12月14日に東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムで公開された。自身もパレスチナにルーツをもつアラブ系アメリカ人のジャッキー・リーム・サッローム監督が来日し、本作について語った。
イスラエル領内のパレスチナ人地区で生まれた史上初のパレスチナ人ヒップホップ・グループ「DAM」を中心に、目に見える占領地の検閲所や分離壁といった壁をはじめ、貧困やジェンダー差別など、さまざまな“壁”を音楽による非暴力の抵抗で乗り越えていこうとする若者たちの姿を、センセーショナルに描いた。
シリア人の父親とパレスチナ人の母親を両親にもつサッローム監督は、アメリカで生まれ育ったアラブ系1世。「子どもの頃はアラブ系と呼ばれる人々にネガティブなイメージをもっていた。メディアから受ける印象はテロリズムをはじめとした野蛮なイメージだったから。両親や親族は『自分のアイデンティティに自信をもちなさい』と言うけれど、自分の出自をどこかで恥じていた。だけど年を重ねるにつれ、イスラエルとパレスチナの問題、中東問題に関心をもつようになり、シリア人として、パレスチナ人としての誇りをもつようになった」と振り返る。
ニューヨーク大学で芸術を専攻していたサッローム監督は、たまたまラジオで聞いた「DAM」の曲に大きな衝撃を受け、彼らのミュージックビデオを作ったことをきっかけに本作の製作を決意した。「プロパガンダではなく、若者たちの心の叫びが音楽に乗って人々に伝わった」ことが成功のカギだといい、「アメリカでは2008年のサンダンス映画祭でプレミア上映され、とても肯定的に受け入れられた」とアメリカでの反響を明かした。また、「映画の中でアラブ人の人間性が描かれることが少ない中、アラブの新しい文化であるヒップホップによって彼らを人間的に映し出すことができた。事実、彼らを“クールなやつら”として身近に感じてくれる人も多かった」と手応えを感じていた。
日本では、ヒップホップ=不良の音楽というイメージを持たれがちだが、パレスチナではあらゆる世代の人々がヒップホップ音楽を楽しんでいることに驚かされる。「パレスチナではバーやクラブだけではなく、教会や学校でも歌っているし、アラブ系の楽器やビートを取り込むことも盛ん。政治の歌だけじゃなく、恋愛のラップもあるの」と自由度の高さをうかがわせる。女性ラッパーへの支持も厚く、「保守派の中には反対する人もいるけれど、パレスチナでは女性に敬意を表し、観客も彼女たちの参画を応援するムードなの」と明るい現況を語った。
一方で、イスラエル領内に暮らすアラブ系の人々が差別に苦しんでいる状況も克明に描かれている。「母親がヨルダン川西岸地区の出身なので、ある程度知識があったけれど、イスラエル領内に住んでいるパレスチナ人の状況は私も知らなかった。取材を通じ、彼らの家屋が破壊されたりなかなか仕事に就けない現状を見て、『DAM』のようなグループが生まれたことはすごく自然なことだと思った」という。
現在は、「中東の一部の地域に残る悪しき風習“名誉殺人”(婚前・婚外交渉を行った女性を殺害する)をテーマにした『DAM』の楽曲のPVを撮ったばかり」だといい、「これからも中東を舞台にした作品を作り続けたい」と展望を語った。