「故郷よ」M・ボガニル監督がたどり着いた、チェルノブイリ原発事故最大の悲劇とは?
2013年2月8日 17:16
1986年4月26日に起きたチェルノブイリ原発事故から10年後の隣村プリピャチを舞台に、結婚式の日に消防士の夫を亡くしたアーニャ、原発技師の父と生き別れになった青年バレリー、事故後も頑なに汚染された土地を耕し続ける森林管理人ニコライの3人を通じ、失われた故郷に思いをはせる人々の姿を丁寧に描き出す。
本作が長編デビュー作となったボガニル監督は、「何が起こったかは皆さんすでにご存知なので、そこで暮らす人間の側面、知られていない部分を描きたかった。事故で壊されてしまった生活や家族、男女関係、人間と自然の関係性、さまざまな題材を盛り込んでいる。当時チェルノブイリにどういうことが起こったのか、どのような影響が出たのか、きちんと説明がなされなかったことも描きたかった。あの事故をフィクションとして描いたのは私が初めてだと思う」と自負する。また、「私はイスラエルで生まれたけど母はウクライナ出身。私自身も国を出ていかなければならなかったという経験があった。この映画はチェルノブイリの原発事故のことだけでなく、土地や家を奪われるとはどういうことなのかを描いているので、とても親近感がわく問題でもあったの」と自身の境遇と重ね合わせていた。
主人公アーニャを演じるオルガ・キュリレンコといえば、「007 慰めの報酬」で演じたボンドガールのイメージも強いが「私は彼女のことを知らなかったわ。無名の女優をキャスティングしようと思っていたので、少し心配もあったの。だけどどの役者にもチャンスを与えるべきだと思うし、オルガがどうしてもやりたいというので、『あなたは美しいけれど、それを壊すことに抵抗はない?』と彼女の覚悟を確認したわ。モデル特有のきれいな立ち振る舞いを全く変える必要があったし、くたびれた人生をおくる女性を表現するため老けメイクにも注意をはらった。結果、彼女は高い評価を得られたし、殻を破ることができたんじゃないかしら」とキュリレンコの新たな魅力を引き出した。
3.11以降、日本でも原発問題について活発な議論が続いているが、「どの国もタブーな話題なので意図的に忘れようとしている。私は日本に住んでいないのでどのように対応しているか分からないけど、チェルノブイリよりも日本の方が積極的に話し合っているというイメージはある。プリピャチでの撮影は常に検閲されていたような雰囲気だったし、撮ってはいけないと指示されたものもたくさんあった」と明かす。
被災地で取材を重ねたボガニル監督は、彼女なりのひとつの結論にたどり着いた。「あの事故が招いた一番の悲劇とは、そこに暮らす人々が故郷を追い出されてしまったということ。自然豊かなところで暮らしていた人々が強制退去で街に移されたけど、たくさんの人が新しい生活に耐えられずに汚染された土地に戻ってきていた。政治関係の方々には批判されるけど、危険を承知で生活している彼らの決断とは、たとえ汚染された土地でもそこを去ることの方が痛みを伴うという事実なの。彼らはそこで暮らすために死ぬのであれば仕方ないと考えている。故郷を捨てることに思い出を裏切るというような感覚を覚える人もいる。そして汚染された土地であるからこそ、そこで証人にならければという思いもある」と神妙な面持ちで語った。
「故郷よ」は2月9日からシネスイッチ銀座ほか、全国で順次公開。
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