「藤竜也と森山未來の演技に凄みを感じ、稀有の作家性にエンタメ性をプラスした監督に魅せられた」大いなる不在 Kazu Annさんの映画レビュー(感想・評価)
藤竜也と森山未來の演技に凄みを感じ、稀有の作家性にエンタメ性をプラスした監督に魅せられた
近浦啓 脚本・監督による2023年製作(133分/G)の日本映画
配給:ギャガ、劇場公開日:2024年7月12日。
過去パートと現在パートがいり乱れて展開されるが、主人公が父親の謎を追うという言わばミステリー仕立てとなっており、スローテンポながらも退屈せずに見ることができた。
まずは、元大学教授という知的な認知障害者陽ニを演ずる藤竜也のきめ細やかな演技に、感心させられた。記憶障害をカバーするために、家中にメモがメチャ沢山書かれているのにリアリティも感じさせられた。そして施設に入ってからの言動が落ち着いた話ぶりと対照的に妄想的で、年取ると人間はああなってしまうのかと恐怖さえ覚えた。ラストの方で、家を出る際に水で髪型をビシッと決める姿も鮮やかで、流石に年季が入ってる!と唸らされた。
藤竜也が入る施設のリアルさも、なかなかに良いと見ていたが、撮影に本物の介護付きホーム北九州市の「さわやか鳴水館)を使い、実際の職員も出演してるとか。
藤竜也の息子である主人公卓を演じた森山未來も、父親と疎遠だったがごく普通の人というとても難しい役ながら、父の人生の謎解きに次第にのめり込んでいく様を、上手く自然に表現していた。
亡くなった恩師を偲んで、研究室一門の前で元教授としてスピーチをする父陽二。この集まりの雰囲気が何とも本物っぽさがあって驚かされた。X線による結晶解析の教室と専門分野まで明らかにされる。そこで専門分野から調べてみると、近浦吉則・元九州工業大学教授という名前が出てくる。彼が近浦監督の父親ということだろうか?撮影には監督の実家を用いたというし、監督自身の父親に対する強い気持ちが感じられた。
最初と最後に出てくる芝居ワークショップは、見ている最中は分からなかったが、イヨネスコの戯曲『瀕死の王』とのこと。死期が近づいている王様が権力も経験も何もかも身ぐるみ剥がされて無になっていくという物語らしい。長年疎遠だった父の人生を知り・体感したことにより、卓は役者としてよりレベルアップしたという、言わば成長の物語となっていた。
多分、近藤啓監督の実感に基づく物語なのだろう。卓こと森山未來は監督の分身であり、お堅い家に生まれた強い意志を有する表現者を、見事に体現していた。
スピーチ内容に添えば、大脳皮質だけで生きている様に見えていた父親陽二。彼が実は人妻直美(原日出子)を熱愛し、熱烈な恋文を出して一緒になったことが露わになってくる展開は、コレって不倫とは思いながらも、純愛が感じられ凄く感動的。なのに、認知症で陽二は直美に当たり散らし、彼女が大切にしていた恋文を貼り付けた日記帳さえも、放り投げてしまう。そうして、献身的に陽二に尽くしていたが、そういった反応に打ちひしがれてしまったのか、直美は故郷に帰ってしまう。
卓は直美の故郷を訪ねる。直美の妹(神野三鈴)に会い、日記帳を直美の元へ返すことを依頼するが、拒否されてしまう。妹はなぜ日記を受け取らなかったのか?視聴後ずっと謎であった。
ただ、直美が砂浜で海に向かってどんどん歩き進む映像を、思い出した。それは、彼女の自死を暗示している様に思えてきた。渡す相手が既におらずに、妹は日記は受け取れなかったのか。直美をただただ悲しいヒトと自分は思っていたが、大きな海に抱かれ若き陽二に会えたという作りなのだろうか?
長編映画はまだ二作目というが、稀有の作家性にエンタメ性を上手く組み合わさせた近浦啓監督には大きく魅せられた。前作も是非見てみたいし、今後にも大いなる期待を抱いた。
そして、十分な会話しないうちに自分の父親を亡くしてしまったことを、初めてとても勿体無いことをしてしまったと思わされた。
監督近浦啓、脚本近浦啓 、熊野桂太、プロデューサー近浦啓 、堀池みほ、ラインプロデューサー越智喜明、監督補熊野桂太、撮影監督山崎裕、録音森英司 、弥栄裕樹、美術中村三五、衣装田口慧、ヘアメイク南辻光宏、リレコーディングミキサー野村みき、サウンドエディター大保達哉、編集近浦啓、音楽糸山晃司、エンディングテーマ佐野元春&THE COYOTE BAND、助監督石井将、制作主任齋藤鋼児、スクリプター保坂栞。
出演
卓森山未來、陽二藤竜也、夕希真木よう子、直美原日出子、三浦誠己、神野三鈴、利重剛
塚原大助、市原佐都子。
キャスティングがぴたりときていましたね。
日記を受け取らなかった妹についてですが、愛があった姉の気持ちがそれだけかなしい別れを選んだことを知っているからなのでは、と思いました。思い出させるのが酷だと。
しかしkazu Annさん説を踏まえるとなるほど、もしやと感じています。
藤竜也だけでなく森山未來もとても素晴らしかったです。二人のあいだの化学変化みたいなのが多分あったのかなあ。父親を元大学教授設定にしたのは上手いと思いました
はじめまして。共感ありがとうございます。
近浦監督のお父上と思われる方(近浦吉則氏)を発掘されたこと、芝居ワークショップがイヨネスコの瀕死の王(オイディプス王でしょうか)であることのご指摘、感服しました。私はこの映画にはかなり不満だったのですが、ご指摘の点も踏まえてみると見方は少し変わってきますね。